第14話 失踪

開演時刻直前。

会場に司会者の緊張した声が響き渡った。


「ご来場の皆さまに、重要なお知らせがあります」


一瞬、空気が固まる。


「本日、決勝戦に進出していたアーリィ様およびミルヴァ様の両名ですが、現在も所在が確認できておらず、残念ながら棄権とさせていただきます」


その言葉に、客席がざわめいた。


「えっ、アーリィって上位だったよね……?」

「二人とも出ないって、どういうこと?」

「まさか事件……?」


緊張、不安、そしてどこかに走る疑念。

さまざまな思いが会場の空気に揺らぎを生んでいた。


だがそのざわめきを吹き払うように、

司会者は一呼吸おいて、マイクを強く握りしめた。


「――それでも、決勝戦は始まります!!」


一瞬の沈黙――


次の瞬間、会場全体が割れるような拍手と歓声に包まれた。


「待ってました!」

「ここからが本番だろ……!」

「リフェナ! カレン! ニコ! 頑張って!」


名を呼ぶ声、手を叩く音、地鳴りのような熱気。

観客のすべての想いが、舞台に注がれる。


「残る八名の演者たちは、それぞれの想いを胸に、いま舞台へと向かいます。

この日、この時、この瞬間を――見逃すな!!」


司会者の叫びが、風に乗って舞台を駆け抜ける。

光がゆっくりと落ち、会場全体が静寂へと包まれていく。


アーリィは――まだ戻らない。

「ちょっと、見てくる」

そのひとことだけを残して、あの控え室の出口に向かった背中は、もう一度も振り返ってこなかった。

ミルヴァの消えた椅子。まるで最初から誰もいなかったかのような静けさ。

あの時、確かにニコは感じた。風の気配が、ぴたりと止まったあの瞬間を。

「……こんな時に……」

ぽつりと声が漏れた。

不安が胸に染み込むように広がっていく。

でも、それを抱えたまま、立ち止まるわけにはいかない。

だって、もう――

「決勝戦、始まります!」

司会者の声がマイクを通して響いた瞬間、会場が波打つように揺れた。

拍手。歓声。ざわめき。そして、照明が落ちる。

ニコはぎゅっと指先に力を込めて、そっと自分の胸元を押さえた。

アーリィが冗談めかして言っていた言葉を思い出す。

「大丈夫、あんたは見られる側の人間なんだからさ」


(……まだどこかにいるのなら、わたしが、見せてあげるよ。)

 

 ふと、頬に触れるような風を感じた。会場のどこかから流れてきた空気――けれど、それは熱気や歓声のそれとは違った。


(……あれ?)


 一瞬、誰かがそっと見守っているような、やさしい気配がした。

アーリィとミルヴァじゃない。近くにいるはずもない。

でも……どこか懐かしい、遠いところからの“まなざし”のようなものが、胸の奥に触れた気がした。


(……なんで、こんな……)

 

 言葉にはできない。けれど、心がほんの少し、ふわりとほどける。


 ライトが強くなる。視界が真っ白になるほどの照明の中、ニコは一歩、舞台へと足を踏み出した。ステージは華やかに飾られているのに、心の中では音が消えていた。


(ミルヴァもいない。アーリィも……)


 どこか、間違っているような感覚。でも――

ニコは一度、目を閉じて静かに祈るように息を吐いた。


「……大丈夫。あたしはここにいる。ちゃんと、見てるよ」どこからかそんな声がかすかに聞こえた。


 光が落ちる。そして、まばゆいスポットライトが舞台の中心を射抜いた。ニコはゆっくりと歩を進め、まるで音を吸い込むように静まり返った空間の中、ステージへと現れた。

眩しさに目を細めながら、けれど顔を上げ、まっすぐに前を向く。

その背筋は真っすぐだったが――ほんのわずかに、肩が震えていた。


――リフェナは客席の端に立っていた。

観客席には座らず、全体を俯瞰できる場所に。

腕を組み、何も言わずにステージ上のニコを見つめる。

いつもと同じ、鋭く冷静な瞳。

だが、ほんの一瞬、彼女のまつ毛が震えた。

 誰も……気づいてないわけじゃない。アーリィがいない。ミルヴァも。そして、出場者誰もがその出来事で心を乱させているはず。)

 そしてニコは、それを全て知った上で――舞台に立っていた。それが、彼女の“答え”だとでも言うように。

リフェナは軽く目を伏せ「だったら、あたしが代わりに黙って見ていてやる。」と呟いた。

ニコは客席のタケヒに目をやり、微笑んだ。

ニコは少し心が和んだ。

客席には、さまざまな視線があった。

ざわめき。期待。困惑。

けれど、次第にそれらは飲み込まれていく。

ステージに立つ“彼女”――ニコの存在感が、空間をゆっくりと静かに染め上げていく。

(あたしは――ちゃんと、立ってる)

ニコは呼吸を整える。心臓はまだ速く鳴っている。

けれど、その鼓動に乗せて、覚悟もまた高鳴っていく。

「……ニコさん、準備はいいですか?」

司会の声が耳に届く。

「……はい」

まっすぐに、力のない笑顔を浮かべながら答える。

その声は少しかすれていたけれど、確かに届いていた。

そして、次の照明が切り替わる――

ニコの“表現”が始まる時間が、ついに訪れた。


 ステージ袖には、静かに立つあの1人の少女――その横顔はまっすぐに前を見据えていた。

(……アーリィ、ミルヴァ、どうして……)

声に出さずに呟いたその瞳は、やがて舞台に立つニコを見つめる……。

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