第16話 リオナ様降臨

セイルがそっと声をかけた。


「お疲れさまでした」


 その声は少し震えていて、決勝の演舞の余韻がまだ消えていないことを物語っていた。


「ありがとう……」


 ニコは小さく答えたが、視線は周囲を見渡していた。控え室の中には既にみんなが戻ってきており、それぞれが静かに息を整えていた。

 リフェナはいつものように壁際に立ち、腕を組んだまま視線を合わせようとしない。

けれど、その横顔はどこか柔らかくなっていた。

「……あの演出、あなたのなの?」

声がかかった。振り返ると、銀髪の参加者――カレンだった。

 決勝戦に出場していた一人で、静かな強さをまとった少女。その目には、競争心ではなく、真摯な敬意があった。

「うん……全部、自分で考えた」

 そう言いながらも、ニコの胸にはどこか、説明できない感覚が残っていた。

(あれは――本当に、わたし1人の力だったのかな……?)

 背中を押されたような、導かれたような、あの不思議な風――。けれど、それが誰のものか、今はまだ分からない。

カレンは身を乗り出し、

「へえ。……すごかったわ。思い出したの、子供のころ、母に連れられて見たあの祈りの祭壇のこと……。あんな感覚、久しぶり。」

「祈りの祭壇?……ありがとう」


 観客たちの間で、ひそやかな会話が交わされていた。

「今年のレベル、異常じゃない?」

「いや、ニコさんのあのパフォーマンス見た?祈りと記憶だよ?」

「でもカレンもすごかったし、リフェナの存在感と完成度もヤバいって」

観客たちがまだ熱を帯びたまま話し続けている。

「あの子、誰?……初めて見る顔だけど」

「見たか?風の渦の中で光が反応したんだ。あれ、本物だよ……」

「帝の記憶を映したって話してる人もいた。封印祭にふさわしいテーマだったって」

「前帝を思い出した。あれは、あの時代の空気だった……」


 控え室の片隅で、ニコはふと、2つの空いた椅子に目を留める。

アーリィ、ミルヴァの席。ずっとそこにあった温もりは、もう無い。

(……アーリィ、ミルヴァ、今どこにいるの?)

笑い声も、歓声も、称賛も。すべてが遠く感じられる中で、ニコは静かにうつむいた。


「では――まもなく、審査結果を発表いたします。」

 控え室に、マイク越しの司会の声が響いた。ニコは深く息を吸って、顔を上げた。

拍手が鳴り止む。空気が、もう一段階静かになる。


ステージに響く、司会者の澄んだ声。

「――それでは、今年の封印祭“美の頂点”を決める、決勝戦の結果を発表いたします!上位3名の発表となります!」

 8人の決勝進出者たちは、壇上に横一列に並んでいた。

照明が強く当たる中、司会者がマイクを握りしめ、はっきりと告げる。


「――第3位、フィーネ選手!」


拍手が湧く。フィーネは小さく一礼し、そっと一歩前に出た。

緊張しているはずなのに、背筋はまっすぐ。会場からも安堵のため息が漏れる。


「――第2位、カレン選手!」


また大きな拍手。カレンは目を丸くしてから、胸に手を当て、深くお辞儀をした。

その表情には驚きと誇りが入り混じっている。


「――そして、第1位……リフェナ選手!」


 歓声が一段と高まる。リフェナはゆっくり前に出て、堂々と笑顔を見せた。

観客の拍手に包まれながら、舞台の中央に立つ。あちこちからリフェナを呼ぶ声が響いている。


司会者は再びマイクを握り直し、少し間を取ってから言った。


「――そして特別賞を発表します。」

リフェナの優勝に爆発的か歓声を上げていた観客達が静まり返る。

「……特別賞……?」と観客の何人かが呟いていた。


「……ニコ選手!」

 会場が一瞬ざわめき、次の瞬間、拍手が広がった。


(え?……わたし、呼ばれたんだ……?)


 時間が止まったみたいだった。頭の中で言葉だけが響くのに、体がついてこない。胸の奥がぎゅっと熱くなり、膝がかすかに震えた。


 隣のフィーネが、そっと肘でニコの腕を突いた。


(あ……動かなきゃ)


 震える足をなんとか前に出す。一歩進んだ瞬間、拍手の音が一気に大きくなった。胸の奥から、なにかがこみあげてくる。

(アーリィ、ミルヴァ……聞いてた? わたし、ちゃんと――見せたよ。)


――喝采の渦が巻き起こるその中で、天上からふわりと白い羽根のような気配が舞い降りてきた。

「――静粛に」

 司会者の声に続き、舞台上空に光が集まり、一人の女性の姿が現れる。

その淡い水色の翼が風を受けて広がる。天空の都の象徴、女帝・リオナ様であった。

 客席全体が、息を呑むような敬意の静けさに包まれる。


「今年の封印祭、すべての演者に敬意を」

 リオナの声は、透き通る風のように、会場全体に響き渡った。彼女は舞台の中央に降り立ち、3人の入賞者を一人ずつ見つめる。

「リフェナ。あなたの舞は、まさに風の化身でした。

揺るがぬ自信と研ぎ澄まされた美しさ、都を代表するにふさわしい――

それだけではありません。あなたの動きには、風と一体となった“意思”がありました。

 技の一つ一つが、都の空気を操り、見る者の心を浄めたのです。

妾は誇りに思います。あの舞を、この都の空に響かせてくれたことを」

リフェナは凛としたまま、少し微笑み、頭を下げた。


「カレン。あなたの祈りは静かでありながら、深く胸に届きました。

あなたの舞には、“沈黙の中の強さ”があった。誰かのために祈る、その姿勢が光に変わった。

あの光は、ただ美しかっただけではない。……見る者に、希望の輪郭を描かせたのです。

妾は、そなたの優しさと気高さを、誇りに思うぞ」

カレンの瞳からは涙が流れ、手で口元を押さえたまま、一礼した。


「そして……フィーネ。小柄な身体に宿る、気迫と静けさの美。

あなたの舞からは、内に秘めた風のような芯の強さが感じられました。

軽やかでありながら、決して揺るがぬ――まるで風の柱のような気高き演舞でした。

その集中力と気品に、私も目を奪われました。」

 フィーネは、嬉しそうにニコニコしながら、ぴょんっと飛んでガッツポーズをしてから頭を下げた。

リオナは微笑みながら、それぞれに目を向けた。

「それぞれの美しさが、今年の封印祭に新たな物語をもたらしてくれました。ありがとう」

「今年の封印祭、すべての演者に敬意を!」


 リオナの視線が、静かにステージ中央のニコをとらえる。

「――そして、今年の“封印”を象る者。その美と祈りが、風と共鳴し、記憶の扉を開いた。名を呼ぼう。この者こそが、風の都に新たな光をもたらした者――ニコ」

ニコは、呆然としながらもゆっくりと前へ進み出た。舞台の中央に立つ彼女の前に、そっと歩み寄るリオナ。

 近くで見たリオナ様は、まるで風そのもののようだった。涼やかで、温かくて、でも触れたら消えてしまいそうなほど繊細で。

「おめでとう、ニコ。あなたの“祈り”は届きました。あの光も、あの結晶も……すべて、私たちが見ていたもの。演舞に関しては3人に及ばないものの、前女帝が愛したこの都に、あたたかい風が戻ってきたのです」

 ニコは声にならないまま、ただ小さくうなずいた。

 観客の中から、すすり泣くような音が響いた。誰もが、その一言に、かつての“封印”の記憶と、都の過去と未来を重ねていた。

 リオナはそっと手を差し出し、ニコの手をとった。

「これは、あなただけが紡いだものではありません。出場者の皆、都の民皆そして記憶で紡いだもの。皆の想いと記憶を受け止めて、風と共に表現してくれたあなたに――ありがとう。」



大きな拍手がまた、波のように広がっていた。

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