第8話 最終決戦!?魔王の正体がまさかのアイツだった件



 その場所には、空も、地面も、重力さえなかった。


 ただ三つの異世界がねじれ、溶け合い、ぶつかり合いながら、無音の闇に浮かんでいた。


 そこが、“鏡の裂け目”――

 三世界を繋ぐ特異点であり、魔王との決戦の地だった。


 俺たちはそこへ、ロゼリーヌ学園から転送魔法で跳んできた。


 ゆうた(完全統合体)+ノエル(忠義執事)+レオン王子(筋肉陣営代表)+リゼ(勇者世界代表)+マリーベル(悪役令嬢世界の実質トップ)


 総勢5人と1つの人格群で構成された、超異色パーティである。


「……うお、ここ、重力ないのにプロテインだけ落ちてく」


「それはもう呪いだよ、王子」


「はぁ〜……空気がエレガントじゃないわね。私のドレスが空間に負けてる」


「魔王が出る前に、精神が崩壊しそうなんですけど」


 全員、緊張感を持ってツッコんでいるが、内心はガチでビビっていた。


 俺もだ。


 人格統合して強くなったとはいえ、未知の存在=魔王と対峙するのはこれが初めて。


 しかも、この場所は完全に“ルール外”。何が起きてもおかしくない。


 と、そのとき。


「ようこそ、我が懐へ」


 響いたのは、聞き覚えのある声だった。


 だが、それは……あり得ない人物の声だった。


「……な、なんで……!?」


 俺は、目を疑った。


 ゆっくりと闇の中から現れたのは、黒いマントをまとい、

 鋭い瞳と不敵な笑みを浮かべる――**“俺”だった。


 坂本ゆうた。

 21歳の大学生。

 ……の、はずの“もう一人”がそこにいた。


「ふざけんな……俺は、ここにいる!」


 そう叫ぶと、そいつは笑った。


「そう。お前は“ここ”にいる。だが“あのとき”の俺は、ここに置いていかれた」


「……あのとき?」


「そうだ。“転生”する前の瞬間――俺は死ななかった」


 全員が固まる。


「お前が目覚めた三つの異世界。あれはお前の意識が選んだルートだ」


「だが、もう一つの選ばれなかった現実――俺はそこに取り残された」


「そして、俺はお前に問う。“なぜ、俺を見捨てた?”」


「……意味が、わからねぇ」


「わからなくて当然だ。お前は“都合のいい人格”だけを選んだ。

 勇者になれる自分。悪役令嬢として輝ける自分。筋肉に憧れる自分。

 だが、“現実を受け入れる自分”――それだけは、選ばなかった」


 その言葉に、心臓が跳ねた。


「そうだ。お前は、現実を諦めた。

 ――そして俺は、魔王になった」


「……っ!」


 その瞬間、俺の中にいた人格たちが一斉に震えた。


 勇者ユウが叫ぶ。


『ふざけんな! お前みたいな奴に、俺の魂を語らせてたまるか!』


 ユリエールが吐き捨てる。


『淑女に成り済ましたって、自分の闇からは逃げられませんことよ!』


 サクママンが吠える。


『現実ってのはなぁ、筋トレと同じだ! 痛ぇし、辛ぇけど、逃げたら負けだろうがぁ!』


 俺は、全人格の力を背負って、にじり寄った。


「そうか……お前は、“現実”だったんだな」


「そうだ。お前の“絶望”の象徴。可能性を捨てた、最初で最後の“本物の俺”だ」


「でもな、もう逃げねぇよ」


「言えるのか? 本当に? “あの現実”を、受け入れられるのか?」


 魔王――元の俺が、手を広げた。


 闇が、空間をねじ曲げる。

 そしてそこに映し出されたのは――俺が死にたくなった日の記憶だった。


 大学の単位は落としまくり、バイトも辞めさせられ、友達も音信不通。


 スマホの画面は無反応。親からの連絡も絶っていた。


 狭いワンルーム。

 カーテンの隙間から、街の騒音だけが流れ込んでいた。


「これが、お前が“置き去り”にした現実だ」


 魔王は囁く。


「さあ――戻ってこい。ここに、お前の“本当”がある」


 俺は、立ち尽くしていた。


 これが、俺のすべて。


 栄光でも、魔法でも、筋肉でもない、“ただの俺”の真実。


 それを、受け入れることが――この戦いの意味なんだと、ようやく気づいた。



目の前にあるのは、俺の“負の現実”。


 逃げ出した日。何もかもが空っぽだった部屋。誰からも返ってこなかったメッセージ。

 ゴミ箱に突っ込んだ履歴書。床に散らばったサプリメント。

 何度も目をそらしてきた“俺の世界”が、いま、ここに突きつけられている。


「……こんなもん、見せられても……!」


 言いかけたその言葉を、自分で噛み殺す。


 違う。

 これは“敵”なんかじゃない。

 これは、かつての俺。今も、俺の中にいる“本物のゆうた”だ。


「ゆうた様!」


 背後から、ノエルの声が飛んできた。


「あなたはもう一度、選ばねばなりません。“どの自分として、立つのか”ではありません。“誰の過去を受け入れるのか”、です」


「……!」


「私は、どんな姿のあなたでも構いません。ですが――あなたが自分自身を認めない限り、魔王には勝てません」


 ノエルの声が、心に響いた。


 勇者ユウも、ユリエールも、サクママンも、

 みんな俺の中で力を貸してくれている。


 けれど今、必要なのは――“この俺”の覚悟だ。


「なぁ、魔王。いや、“もう一人の俺”よ」


 俺は、真正面からそいつを見据えた。


「確かに俺は、全部から逃げてた。過去も、現実も、痛みも、全部。

 ……けどな、それでも生きてるんだよ。今、こうして立ってる」


 魔王は、じっと黙って俺を見ていた。


「お前が魔王になったのは、俺が目を背けたせいだ。

 だったら――責任は、俺が取る」


「取るだと?」


「そうだ。“お前を倒す”んじゃない。“お前を、抱きしめる”んだ」


 その瞬間、空間がねじれた。


 闇が一気に収束し、魔王の姿が――崩れていく。


 マントも、瞳の光も、すべて溶けていき、

 最後に残ったのは――あの部屋にいた、うつむいたままの“俺”だった。


「……ごめんな」


 俺は、歩み寄ってそいつの肩に手を置いた。


「お前を見捨てたのは、他でもない、俺だ。でも、もう置いていかない。

 一緒に、生きよう」


 沈黙の中で、“もう一人の俺”が、ゆっくりと顔を上げた。


 そして、小さく、笑った。


 その瞬間、空間全体が光に包まれた。


 魔王は、消滅した。


 でも、それは敗北じゃない。消し去ったわけでもない。


 “和解”だった。俺と俺との、再会だった。


「……やったのか?」


 気がつくと、レオン王子が筋肉をパンプアップさせながら呟いていた。


「魔王、いなくなってる」


「空気、澄んでる……あんなに黒かったのに」


 リゼが呟き、マリーベルはそっとドレスの裾を持ち直した。


「ふふ。あなた、立派に“選んだ”のね、ゆうた」


 そして、ノエルが静かに俺に向かって歩み寄った。


「……ゆうた様」


「うん」


「あなたは、すべてを背負って、ここに立ちました。

 その姿こそが――“本物”の存在なのですね」


「いや、まだ全部終わったわけじゃないよ」


 俺は空を見上げる。


「これからは、俺自身の人生を、歩かなきゃならない。

 三つの世界、三つの人格、そして“現実”……全部まとめて、俺の道にするんだ」


「はい。では、どこまでもお供いたします。あなたが歩む限り」


 ノエルは、凛として笑った。


 世界は、ゆっくりと修復され始めた。


 裂け目は閉じ、三世界は元の座標に戻っていく。


 けれど、それぞれの世界で、俺は“俺のまま”生きていく。


 勇者として。

 悪役令嬢として。

 筋肉勇者として。

 そして、21歳のどこにでもいる大学生として。


 俺の名前は、坂本ゆうた。


 三つの異世界にトリプルブッキングされた男――いや、**“選ばれた男”**だ。


 魔王との決戦を終えて、ようやくスタートラインに立った気がする。


 ここからが、俺の“本当の人生”だ。

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