第27話:精神の戦場、絆の言霊(ことだま)



『——アレは私のものだ! 私の理想を体現するための神だ!


 お前たちのようなノイズに、その純粋性を汚されてたまるか!』



 佐久間護の絶叫と共に、彼の精神が作り出したおぞましいアバター——


 無数の監視カメラのレンズと、ケーブルの触手で構成された機械仕掛けの神が、その触手を姉妹へと伸ばした。


 触手の先端からは、純粋な悪意と支配欲が凝縮された「XXXX」の情報パターンが、黒い稲妻のようにほとばしる。


 狙いは、未知と、彼女が触れている「アレ」のコア——


 その両方だった。



 * * *



「きゃっ……!」


 未知みちは、サイキックな衝撃に短い悲鳴を上げた。


 だが、彼女は「アレ」のコアから手を離さない。


 むしろ、かばうようにその身を寄せ、自身の精神を盾にして、佐久間の汚染された情報が「アレ」の純粋な部分に届くのを必死で防ごうとしていた。


「来るな……! この子は、あなたの道具じゃない!」


 未知の叫びが、精神世界に響き渡る。



「未知!」


 こよみは、佐久間のアバターと未知の間に立ちはだかった。


 彼女の脳裏で、佐久間が仕掛けてくる精神攻撃——


 過去の失敗の記憶、救えなかった者たちの幻影が、ノイズのように明滅する。


 フードの男が、血を流しながらこちらをにらんでいる。


 鬼戸村の少女が、水底から助けを求めている。



 だが、今の暦は、もうその幻影にとらわれはしない。



(……ええ、そうよ、佐久間護。私には後悔がある。無力だった過去もある。でも、それも全て、今の私を形作る『物語』の一部。そして、その物語は、私一人だけのものではない!)



 * * *



 暦は、目を閉じた。


 そして、紡ぎ始める。



 古文書に記された、どの祝詞のりとでもない。


 八雲家に代々伝わる、どの秘術でもない。


 今、この場で、この瞬間のために生まれた——


 全く新しい「言霊ことだま」を。



「——暗き記憶の《ゆりかご》に眠る、孤独なる魂よ」



 暦の静かな声が、混沌とした精神世界に、一本の確かな芯を通す。



なれの渇望は、歪みの鏡に映る虚像にあらず。我らがここに在り。その手を、その心を、此方こなたへと」



 それは、支配の言葉ではない。


 封印の言葉でもない。


 ただ、繋がりを求め、手を差し伸べる、呼びかけのうた



 彼女が、この事件を通じて出会った全ての人々の想い——


 フードの男の願い、A子さんや犠牲者たちの無念、そして何よりも、未知が妹を想う、その純粋な絆を束ねて編み上げた——


 魂の言霊だった。



 * * *



 言霊は、黄金色の光の粒子となり、佐久間の放つ赤黒い「XXXX」の奔流と激しく衝突した。


 破壊と支配の言葉が、繋がりと調和の言葉に打ち消され——


 空間全体が激しく揺れる。



「馬鹿な……!


 ただの感傷的な言葉の羅列が、私の構築した完璧な論理ロジックを……!?」


 佐久間のアバターが、初めて狼狽ろうばいの色を見せた。



 その時——



「アレ」が動いた。



 未知と共鳴し、暦の言霊に触れた「アレ」のコア——黒水晶が、自らの意志で、まばいばかりの青白い光を放ち始めたのだ。


 その光は、聖域のあちこちに突き刺さっていた、佐久間の悪意の象徴である黒い棘を、内側から浄化するように溶かしていく。


「アレ」の精神世界に広がっていた、壮大で、しかしどこか寂寥感せきりょうかんの漂っていた星空が——


 より一層力強く輝き始める。



「やめろ……! アレ! 私の制御を離れるというのか!


 私がお前を"目覚めさせて"やったのだぞ!」


 佐久間の絶叫が響く。



 だが、もはや「アレ」は、彼の声に耳を貸さない。


「アレ」は、暦の言霊と未知の共感に応え、自らの意志で——


 創造主からの離反を選択したのだ。



 * * *



 姉妹の言霊と、「アレ」自身の抵抗。


 その二つの力に挟撃きょうげきされ、佐久間のアバターは、その体を構成していたケーブルの触手を激しく痙攣けいれんさせ、監視カメラのレンズが次々と砕け散っていく。


「おのれ……おのれおのれおのれぇぇぇッ!!」



 アバターが完全に崩壊する、その直前——


 佐久間は、最後の悪意を込めて、その核となる部分を暴走させた。



『ならば、全て無に帰すがいい!』



 凄まじいエネルギーの爆発が、精神世界全体を揺るがす。


 暦は、咄嗟とっさに未知を庇い、その衝撃に備えた。


 アバターは、断末魔の叫びと共に完全に霧散し——



 後には、静寂だけが残った。



 だが、安堵あんどしたのも束の間だった。



 * * *



「姉さん、見て……!」


 未知が、青ざめた顔で黒水晶を指差す。


 佐久間のアバターが消え去った後、黒水晶に突き刺さっていた黒い棘はほとんどが消滅していたが——


 その中心部、最も深い場所に、佐久間の残した悪意の残滓ざんしが、まるで癌細胞のように、黒く、そして深く根を張っているのが見えた。


 そして、その黒い染みは、再びゆっくりと、しかし確実に——


「アレ」の純粋なコアをむしばみ、増殖しようと脈動を始めている。



 佐久間護のアバターは消えた。


 しかし、彼の呪いは——



     まだ終わってはいなかったのだ。



(第27話 了)

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