第18話:魂の残照、破られた傀儡(くぐつ)

「通常ノ呪詛じゅそハ無効化サレル。我ハ『X』ト共ニアル」

 佐久間護さくままもるの声を模倣もほうした合成音声が、変貌したフードの男――いや、佐久間の精神に染め上げられた傀儡くぐつ――の口から発せられた。かつて姉妹を助けようとした彼の面影は、もはやそこにはない。

 傀儡は、その手に収束させた「精神的な嵐」を再びこよみに向かって放った。不可視のエネルギーの奔流が、空間を歪ませながら迫る。


「姉さんっ!」

 未知みちが叫び、カウンター・シグナル試作機の出力を最大にする。黄金色の干渉波が奔流と衝突し、空間が激しく震えるが、直撃だけはかろうじて防いだ。しかし、装置全体がきしむ音を立て、未知の手元で激しく振動し、彼女の顔色は蒼白だ。

「くっ…! この装置だけじゃ、完全に防ぎきれない…! エネルギーが強すぎる!」


 暦は、吹き荒れる精神的な圧力に耐えながら、傀儡と化した男の瞳を真っ直ぐに見据えていた。

(彼の魂は、まだそこにいるはず…! 佐久間の歪んだ情報パターンに、完全に上書きされてしまったわけではないと信じたい…!)

 暦は懐から最後の護符を取り出した。八雲家に代々伝わる「解魂かいこんの符」――囚われた魂を解放に導く、最も強い浄化の力を持つ札である。


「あなたの魂は、まだそこにいるはず! 佐久間の操り人形のまま終わるつもりですか! あなたが私たちに託そうとした、その想いはどこへ行ったのです!」

 暦の叫びが、無機質な回廊に響く。

 傀儡の男は、その言葉に僅かに反応したかのように動きを止めた。だが、すぐに再び佐久間の声で応じる。

「無駄ナ呼ビカケダ。彼ノ意識ハ既ニ『X』ノ一部。新たナル世界ノいしずえトナル」

 再び、精神的な嵐がその手に収束し始める。


「姉さん、今! あの人の動きが一瞬、乱れた!」未知が叫んだ。

 カウンター・シグナルが、傀儡の男の精神支配に微細な亀裂を生じさせたのかもしれない。あるいは、暦の言葉が、彼の魂の奥深くに届いたのか。

「あの人の記憶に直接呼びかけるような、強いイメージを送って! 私が、このお守りの力で、その『想い』を増幅させて、佐久間のコントロールにぶつける!」

 未知は、暦から託された、あの少女の「生きたい」という強い想いが込められたお守りを、カウンター・シグナルのコア部分に強く押し当てた。お守りが、淡く、しかし力強い黄金色の光を放ち始める。


 暦は、未知の意図を瞬時に理解した。

 彼女は目を閉じ、全神経を集中させる。攻撃の意志ではない。救済の祈りでもない。

 ただ、純粋に、目の前の男がかつて抱いていたであろう「人間としての尊厳」と「未来への希望」のイメージを、自身の魂の奥底から力強く念じ、そして解魂の符へと込めた。

「目覚めなさい! あなた自身の言葉で、語るべきことがあるはずだ!」


 暦が護符を傀儡の男へと投げ放ったのと、未知がお守りの力を乗せたカウンター・シグナルの指向性パルスを放ったのは、ほぼ同時だった。

 護符は男の額に吸い付くように貼り付き、青白い清浄な光を発する。

 未知の放った黄金色のパルスは、その光と共鳴し、傀儡の男の全身を包み込んだ。


「グ……アアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 傀儡の男の口から、初めて佐久間の声ではない、彼自身のものと思われる苦悶に満ちた絶叫がほとばしった。

 その身体が激しく痙攣けいれんし、周囲の空間がメキメキと音を立てて歪む。彼の手から精神的な嵐が霧散し、瞳の奥に宿っていた不気味な光が激しく明滅を繰り返した。

 佐久間の声と、男自身の声が、交互に、あるいは同時に、彼の口から支離滅裂に発せられる。

「邪魔ヲ…スルナ…! ワレワレハ…ヒトツ…!」

「やめ…てくれ…佐久間…私は…!」


 その時、男の身体から黒いもやのようなものが激しく噴き出し、それはまるで生きているかのようにうごめきながら、聖域の奥へと吸い込まれていくように見えた。

 そして、男の身体は、糸が切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。


「…終わった、の…?」

 未知が、息も絶え絶えに呟く。カウンター・シグナル装置は激しいスパークを最後に沈黙し、お守りもまたその輝きを失っていた。

 暦はよろめきながら男に近づき、その顔を覗き込んだ。

 男の瞳からは既に光が失われかけていた。だが、その表情は先ほどまでの無機質なものではなく、どこか苦しみから解放されたような、穏やかなものに変わっている。


「…ありがとう…」男の唇が、微かに動いた。「これで…少しは…つぐなえただろうか…」


「あなたは…!」


「佐久間を…止めてくれ…彼の『審判』は…ただの破壊じゃない…。『アレ』は…『アレ』の正体は……」

 男は最後の力を振り絞り、何かを伝えようとする。その指先が、聖域のさらに奥、まばゆい光が漏れ出ている方向を弱々しく指差した。

「…真の…うつわ……選別……そして……再……構成……」

 そこまで言うと、男の瞳から完全に光が消え、その手は力なく床に落ちた。

「器」「選別」「再構成」――男の最期の言葉が、暦の脳裏に刻まれた。「アレ」の正体を示す、重要な手がかりに違いない。


 静寂が、戦いの後の回廊を支配する。

 突如、佐久間の怒りに満ちた声が、天井のスピーカーからとどろいた。

『愚かな! 役立たずの傀儡めが! だが、お前たちもすぐに同じ運命を辿たどるぞ、蒐集家ども! この先は、我が“神の庭”の真の姿を見せてやろう!』

 その声は、聖域の奥から地響きのように伝わってくる。


 フードの男は、自らの魂の最後の輝きと引き換えに、姉妹に僅かな時間と、そして断片的ながらも重要な情報を残して逝った。

 暦と未知は、その言葉の意味を胸に刻み、男の亡骸なきがらに短く黙祷もくとうを捧げると、彼の指差した方向――佐久間護が待つ、聖域の最深部へと、決然と顔を向けた。

 その瞳には、恐怖を乗り越えた先にある、確固たる決意が燃えていた。


(第18話 了)

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