第13話:遺構の残響、絶望の中の設計図

「姉さん……また……アレが……来る……!」


 未知みちの悲痛な声が、不快な高周波音と「うつろなる衛兵」の不気味な前進音にかき消されそうになる。

 紫色の微弱な光を明滅させるつえのような装置を構えた衛兵たちが、無慈悲に距離を詰めてくる。

 こよみが放った護符は、彼らの異質な精神汚染の前には気休め程度の効果しかない。


「くそっ…!数が多すぎる…!」

 フードの男が鉄パイプを振るい、一体の衛兵を殴り倒すが、すぐに別の衛兵がその隙間を埋める。

「八雲未知!しっかりしろ!君の友人の無念を思い出せ!」

 男の叱咤しったが飛ぶ。


 暦は、膝をついた未知の肩を抱き、周囲を見回した。このままではなぶり殺しにされるだけだ。


(何か…何か、この状況を打開する手は…!)


 その時、暦の目に、部屋の壁の一部に不自然な継ぎ目があるのが映った。先ほどフードの男が開けた「旧第参資材保管庫」のプレートのすぐ横。

 古文書の知識が、咄嗟とっさに一つの可能性を示唆する。古い施設には、しばしば記録に残らない緊急避難用の通路や隠し部屋が存在することを。


「あなた! あの扉の横! 何かあるかもしれないわ!」

 暦の叫びに、フードの男が一瞬こちらを振り向く。彼は衛兵の一撃をかわしざま、暦が指差す壁面へと数歩後退あとずさると、その表面を手で探り始めた。


「こ、これか…!」

 男が壁の特定の部分を強く押し込むと、重々しい音を立てて隠し扉が現れた。


「奴らの狙いは時間稼ぎだ! 奥に何かある! 急げ!」

 フードの男は一体を蹴り倒すと姉妹に目配せし、自らも隠し扉の奥へと飛び込んだ。

 暦も未知の手を強く引き、その後に続く。背後からは、なおも執拗しつように衛兵たちが迫ってきていた。


 息を切らし三人がたどり着いたのは、ほこりとカビの匂いが充満する、狭い小部屋だった。

 男が背後で扉を閉め、重々しいロックをかける音がかろうじて衛兵たちの追撃を遮断する。

「ここは…佐久間さくまも知らないはずだ。研究所が閉鎖される直前、私を含めた数名の良識派が、彼の暴走を止めるための最後の望みを託して、いくつかの記録と装置を隠した場所だ」

 男は息を整えながら言った。その顔には深い疲労と、そしてわずかな希望の色が浮かんでいる。


 部屋の中は辛うじて非常用電源が生きているのか、いくつかの古いコンピュータのコンソールがぼんやりと緑色の光を放っていた。壁際には、埃をかぶった金属製のキャビネットが並んでいる。


「記録…? それが、佐久間を止めるヒントに?」暦が尋ねる。


「ああ。佐久間が最初に『XXXX』――当時はまだ『パターン・シータ』と呼んでいた――を発見した時の、生の観測データとそれに対する彼の初期の考察。そして何よりも…」

 男は一つのキャビネットを指差した。

「『パターン・シータ』の暴走を抑制するために、我々が極秘に開発していた『カウンター・シグナル発生装置』の設計図と、不完全ながらも試作機の一部があるはずだ」


 未知の目が、その言葉に輝いた。

「カウンター・シグナル!? それって、もしかして『XXXX』の精神汚染を中和できるかもしれないってこと!?」

 先ほどの恐怖で青ざめていた顔に、わずかに血の気が戻る。


「理論上は、そうだ。だが、試作機は未完成のまま放棄された。そして、佐久間はその存在すら知らないはずだ。彼は、自分の研究が完璧だと信じきっていたからな」

 男はキャビネットのロックを解除し、中から数枚の羊皮紙ようひしのような古い設計図と、手のひらサイズの奇妙な結晶体が埋め込まれた金属製の装置の断片を取り出した。


『審判ノ刻マデ アト 00:19:47』


 暦のスマートフォンが、冷酷に残り時間を告げる。

「姉さん、この設計図、かなり損傷が激しいけど…私が持ってる復元ソフトと、この装置の残骸をスキャンすれば、あるいは…!」

 未知はリュックからノートPCと自作の小型スキャナを取り出し、床に広げ始めた。

 その瞳には先ほどの恐怖を乗り越えた、ハッカーとしての闘志が燃えている。


 暦もまた設計図に描かれた複雑な回路図や、そこに書き込まれた古代の呪術的な記号にも見える数式を、食い入るように見つめ始めた。

「このパターン…確かに、古文書にあった『言霊返ことだまがえし』の陣形と、そのエネルギーの流れが酷似しているわ…。これは単なる機械装置じゃない。古代の呪詛じゅそを科学的に解析し、その力を制御・反転させようとした…呪具としての側面も持っているのね…!」


 佐久間の研究の根源が、いにしえ叡智えいちの歪んだ応用にあるとすれば、その対抗策もまた、古の知識と現代の技術の融合にあるのかもしれない。


 フードの男は、そんな姉妹の姿を複雑な表情で見守っていた。

「…頼む。佐久間を止めてくれ。これ以上、あの男の狂気に、世界を付き合わせてはならない…」

 彼の声には深い後悔と、そして僅かな祈りが込められていた。


 未知の指が猛烈な勢いでキーボードを叩く。

 暦の目が設計図と古文書の間を高速で往復する。


 その時、部屋の片隅で充電されていたフードの男の古い通信端末が、けたたましい警告音を発した。

 男が慌てて手に取ると、その画面にはタワー外部の監視カメラが捉えた、おびただしい数の「うつろなる衛兵」がこの地下区画へと向かってきている映像が映し出されていた。


「まずい…! 佐久間がこちらの動きに気づいたか、あるいは、この部屋自体が奴の罠だったのかもしれない! 奴らがここへ到達するまで、もって数分…!」


 絶望的な状況下でつかんだ反撃への確かな糸口。

 だが、それを形にするための時間は、あまりにも残酷に奪われようとしていた。


(第13話 了)

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