第6話:蝕まれた日常、残響と新たな影
パリン、と最後の電球が弾ける音を最後に訪れた絶対的な静寂と暗闇。
「…未知っ!」
暦はよろめきながら立ち上がり、リビングへと続くドアを開けた。
リビングは昨夜の暗闇が嘘のように、朝日が差し込み始めていた。
割れた電球の破片が床に散らばり、本棚の本もいくつか落ちたままだが、あの不気味な気配は今は感じられない。
そして、ソファの上には――
未知が、静かに横たわっていた。普段と変わらない寝顔。ただ、その顔色は青白く、額にはびっしょりと汗をかいている。
「未知! しっかりして!」
暦が駆け寄り、未知の肩を揺する。
「ん……あれ……姉さん……?」
未知がゆっくりと目を開けた。その瞳は、いつもの、少し眠たげな、しかし快活な光を宿しているように見えた。
だが、暦は一瞬、その瞳の奥に昨夜見た冷たい光が
それはすぐに消え、未知は自分の頭を押さえながらゆっくりと身体を起こした。
「私……どうしたんだっけ……? なんか、すごく……変な夢、見てた気がする……。頭が、ガンガンする……」
あの不気味な微笑みも、冷徹な口調も、そこにはない。
しかし、未知が無意識に指先でソファの肘掛けを、昨夜机を叩いていたのと同じ不気味なリズムでトントンと叩いていることに、暦だけが気づいていた。
暦は安堵と、しかし
「…少し、貧血を起こしたようだったわ。疲れていたのでしょう。今日はゆっくり休みなさい」
今の未知に、昨夜の全てを話すべきではない。暦は直感的にそう判断した。
「そっか…ごめん、心配かけて」
未知は素直に頷いたが、ふと窓の外に目をやり、眉をひそめた。
「…なんだか、誰かに見られてるような気がする…。気のせいかな…」
暦も窓の外に視線を送るが、特に変わった様子はない。だが、昨夜の出来事を経て、どんな些細なことにも疑念を抱かずにはいられなかった。
朝食の準備をする間も、暦の思考は混乱していた。
A子のPCからコピーしたSSDは、今は暦が書斎の金庫に厳重に保管している。あの「research_material_X.dat」というファイル――あれは、決して再び開いてはならないパンドラの箱だ。
だが、このまま放置すれば、A子さんや他の被害者たちは? そして、「XXXX」の脅威は?
(…一体、何が起きたというの…? 未知は本当に元に戻ったの? それとも、これもまた、あの「XXXX」が見せる、新たな罠の一環なの…?)
何よりも、あの黒い影の正体は…。
食卓についた未知は、どこか上の空だった。食欲もないようだ。
「未知、本当に大丈夫? 顔色が優れないわ」
「うん…なんか、頭の中で変な音がしてる気がするんだ。昨日の夜聞いたみたいな…低い音…。あと、あの文字…『XXXX』ってやつ、なんだか、私を呼んでるみたいな…そんな感じがして…」
そう言って
「XXXX」の影響は、間違いなく未知の深層意識に残っている。
その時、リビングの固定電話がけたたましく鳴り響いた。こんな早朝に誰だろうか。
暦が受話器を取ると、それはA子の母親からだった。その声は、昨日よりもさらに切羽詰まり、涙に濡れていた。
「八雲さん…! A子が…A子の容態が、今朝になって急に…! 意識レベルが低下して…お医者様も、もう…!」
悲痛な叫びが、暦の耳を打つ。
受話器を置いた暦の顔は、蒼白だった。
未知が心配そうに暦を見つめている。
「姉さん…? Aちゃんに、何か…?」
暦は固く拳を握りしめた。
もう迷っている暇はない。
「未知、落ち着いて聞いて。私たちは、この怪異から目を背けることはできない。A子さんのためにも、そして、これ以上被害が広がるのを防ぐためにも」
その瞳には、もはや迷いはなかった。蒐集家としての使命感と、姉としての強い決意が、彼女を突き動かしていた。
「あのファイルは危険すぎる。でも、そこには佐久間(昨夜の手記にあった研究所の人物の名を思い出す)の手がかりが隠されているはず。私たちは、細心の注意を払って、もう一度情報を整理し直す必要があるわ」
夜明けの光が差し込むリビングに、昨夜とは異なる、しかし確かな緊張感が再び満ちていた。
未知の中に残る不穏な残響。A子の悪化する容態。そして、窓の外に感じるかもしれない監視の影。
八雲姉妹の戦いは、まだ終わってはいなかった。
(第6話 了)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます