第4話:残されたデータ、古刹の囁き
「あった…! 『research_material_X.dat』って名前の、妙な暗号化ファイル…! これだ、きっと!」
「A子さんが最後にダウンロードしようとしていたファイル…それが、この怪異の核心に繋がっている可能性は高いわね」
姉妹はすぐに行動計画を立てた。
未知はA子の自宅を再度訪ね、ご両親の許可を得て、A子のPCから問題のファイルを自身のポータブルSSDにコピーし、持ち帰って解析作業に専念する。
一方、暦は昨日までの調査で浮かび上がった「特殊環境適応研究所」と、江戸川・江東地区の土地にまつわる古い伝承との関連性を、さらに深く掘り下げることにした。人々の記憶と公的な記録の狭間に隠された真実を探るためだ。
その日の午後。
未知はA子の部屋で、彼女のノートPCと向き合っていた。
部屋に入る際、
部屋の中はA子の不在を物語るかのように、時間が止まったような空気が漂う。
机の上には、例の「#禁断の区画X」に関するネット記事のプリントアウトや、取り憑かれたように書き殴られた手書きのメモが散乱していた。
「Aちゃん、こんなに深入りしてたなんて…」
未知は胸を痛めながらも、テキパキと作業を進める。
A子のPCのセキュリティはそれほど強固ではなかった。いくつかの基本的なパスワードを試すと、すぐにデスクトップへのアクセスが可能になる。
ブラウザの閲覧履歴、SNSのDMのキャッシュ、ゴミ箱の中身…。未知は法医学捜査官のように、あらゆるデジタルの痕跡を辿っていく。
そこから見えてきたのは、A子が「#禁断の区画X」の噂にのめり込み、例の「XXXX」という文字列の意味や施設の正体について、半ば強迫観念的に情報を集めていた痛々しい姿だった。
いくつかの匿名チャットルームへの参加履歴もあり、そこでは他のユーザーと、時に危険な憶測や、実際に施設に近づいた際の体験談などがやり取りされていた。
「…これだ、『research_material_X.dat』」
デスクトップの隅に、それは存在した。
ファイルのアイコンは汎用的なもので、プロパティを確認しても作成者や作成日時といった情報は巧妙に消去されている。
未知は持参したSSDにファイルをコピーすると、すぐさま解析ツールを起動した。
だが、予想以上にファイルの暗号化は強固だった。
幾重にもかけられたプロテクトは、未知のこれまでの知識とツールだけでは容易に歯が立たない。
「くっ…! 何重にロックかけてるのよ、これ…!」
額に汗を
同時刻。
暦は、江戸川区の
目的は、この寺の住職に例の「忌み杭」や「言葉を喰らう
住職は高齢ではあったが
暦が持つ古文書への深い知識と、現代社会の喧騒から距離を置くような
「…あの土地ですかな。確かに、古くから『近寄ってはならん』と言われておりましたな。わしの先代、いや先々代の頃には、そこに小さな
「その祠に
暦の問いに、住職は少し困ったように眉を寄せた。
「…詳しくは。ただ、古老たちの間では、『声に出してはならぬ
“声に出してはならぬ真名”。“四つの災いの印”。
それは、暦が庄屋の日記で見た記述と不気味に一致していた。
暦はさらに「特殊環境適応研究所」について尋ねたが、住職は首を横に振るばかりだった。
「研究所、ですかな…そのようなものは、とんと聞き覚えがありませぬな。ただ、あの建物が建っていた頃は、夜になると奇妙な光が見えたり、妙な音が聞こえたりすると、近隣の者たちが気味悪がっておったのは事実です。そして、そこで働いていたという人間も、どこか影があり、滅多に人と交わろうとはしなかったとか…」
暦は住職に丁重に礼を述べ、寺を後にした。
得られた情報は断片的ではあったが、あの土地に何か尋常ならざるものが存在したこと、そしてそれが何らかの形で「言葉」や「印」と関連付けられていたことは、より確からしくなってきた。
だが、決定的な手がかりはまだ掴めない。
(…公的な記録がこれほどまでに少ないのは、やはり意図的な隠蔽があったと見るべきね。だとしたら、その目的は…?)
暦の思考は、再び深い迷宮へと分け入っていく。
夕方、八雲家。
未知は依然としてA子のPCからコピーした暗号化ファイルの解析に没頭していた。
様々な解除ツールを試し、パスワードのブルートフォース攻撃を仕掛け、ファイルのヘッダー情報を分析する。
だが、鉄壁の守りは崩れない。
「もー! なんなのよ、このファイル! まるで生き物みたいにガードが固いんだから!」
疲れと焦りで、未知は思わず叫び声を上げた。
その時だった。
解析ツールの一つの画面に、ほんの僅かな変化が現れた。
複雑な暗号アルゴリズムの解析ログの中に、一瞬だけ、エラーともバグともつかない奇妙な文字列のパターンが点滅したのだ。
それはあまりにも微細で、通常なら見過ごしてしまうようなものだった。
しかし、極度の集中状態にあった未知の目は、その「ノイズ」を捉えていた。
「…今の、何…?」
未知はログを巻き戻し、問題の箇所をスロー再生する。
そして、気づいた。
そのエラーパターンが出現する直前、ファイルの特定のセクターを読み込んだ際に、未知のPCのシステムクロックが、コンマ数秒だけ不自然に巻き戻っていたのだ。
「…時間…? まさか、この暗号、時間経過やアクセスログそのものをキーにしてる…?」
未知の脳裏に、ある仮説が
彼女は解析ツールの設定を急いで変更し、特定の偽装タイムスタンプを付与しながらファイルへのアクセスを再試行した。
一度、二度、三度――。
そして、数十回の試行錯誤の末、ついに。
カチリ、と。
まるで分厚い金庫の錠が開くような、そんな手応えが未知の指先に伝わってきた。
画面上のプログレスバーが、ゆっくりと、しかし確実に進み始める。
暗号化ファイル「research_material_X.dat」が、その重い口を開こうとしていた。
「…開く…! 開いた…!」
未知は息を詰めて画面を見つめる。
そして、ファイルが完全に展開され、その中身が未知の目の前に現れた瞬間――。
彼女は、言葉を失った。
画面に表示されていたのは、一つの短いテキストドキュメント。
そして、一枚の、おぞましいまでに
さらに、自動再生され始めた、耳を塞ぎたくなるような、不快な低周波音――。
未知のこめかみに、ズキリとした痛みが走った。
(第4話 了)
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