第10話 成金令嬢に門限などない
焼き打たれた屋敷に戻ると、近くの商人たちは自警団を雇い入れていた。また街の隅々に兵士が立ち、商人の屋敷街の出入口には番小屋がてきていた。と、そこに豪華な馬車が現れ、無骨な剣を携えた少年が降りてきた。商人街を警護するために来たらしいが、むしろ血気盛んな少年自身が警護されているように思えた。
「あの子は?」
「身分のある人ですね。お嬢様はお淑やかにお願いします」
「心配しないで。わたしはお金持ちの商人の娘ですもの。リオン商会の令嬢よ。あなたこそわたしに雇われた古い従者を演じられる?」
馬車は屋敷街で停められた。
昨夜の警官だ。
「ここは封鎖している」
「我々はリオン商会のものです」
クロウがしわがれた声で答えた。今お嬢様が晩さん会から帰宅するところだと話した。
「ホテルで行われましてね。昨夜のうちに帰るという話でしたが、こちらのお嬢様が門限を破られまして。従者の私めが迎えに行かされたということです。お聞きください。こちらも昨夜出かけたドレスのままでして。どこで何をしていたのかお聞きしても答えられませんで」
おい。
演じすぎだわ。
「強盗の話は聞いてないのか」
「驚きました。門限が九時ですから慌てて迎えに行き、ずっと説得していたのです。まさかこんなことになっているとは」
「わたしのパパは平気なの?」
「リオン商会のお屋敷は燃えたザエル屋敷の向かいの裏ですから大丈夫です。お嬢様があんなことをしているから。嘆かわし」
「わたしは何もしてないわよ」
本気でムカついてきた。
「ではホテルで誰と何をしていたのかお話ください。泥酔とはあのことでございます。リオン商会のご令嬢なのてすから」
「どうせわたしは貧乏商人の小娘よ。どこで何をしていても構わないの」
「お嬢様……ずっと仕えてきた私を悲しませるようなことはおやめください」
警官が地図を見ると、荒い紙にザエル屋敷が描かれていて、向かいの二つ裏にリオンと名のある屋敷を見つけたので通された。
「お嬢様、夜の行動は慎みなさい。こんなに心配してくれる人がいるのですから。もしこのお嬢様を夜に見つけたら捕まえてくださいませ」
「じい、もういいのよ!」
ミカエラは御者に知らせるように拳で運転席の後ろからノックした。老クロウが昨夜の警官にシルクハットを上げて礼を述べた。
「ひどくない?今の。まるでわたしが成金令嬢みたいに聞こえてないかしら」
「聞こえてるはずですな」
「もう演技はいいわ。魔法は凄いわね」
「魔法ではありません。これまでも演技をしてきましたからね。魔法は便利なようでいて見破られるとおしまいですし。声が変です」
「知らないわよ。余計ムカつくわね」
「お嬢様、言葉が乱れてますぞ」
「もういいの」
商人の屋敷街では広いが、貴族と比べれば圧倒的に狭い街屋敷の門の前で降りた。クロウが御者と話して、過分の支払いを済ませた。
「ちなみにどこにおカネがあるの?」
「まことに言いにくい。城から逃げるときに盗んできたものが底を突きました」
「盗んできたの?」
「敵に盗まれるくらいなら」
「まさか言いたくないけど、お城が攻められる前から何かしてたとか?」
「私を信じてください」
やってたな。
かすめてたな。
玄関に入ると、エントランスが待ち構えていて左手にソファセットが置かれていた。どれも少し高いくらいのもので、生活を疑われることもない。ソファに腰を掛けているように言われ、クロウが現れた数人に手短に話した。
ミカエラは晩餐会のドレスに薄汚れた女性用の外套をかぶせられていた。メイクをしろと言われて浮き浮きでしたものの、クロウに泥で落とされて、今では振られて泣き腫らした顔そのものだ。何だ、この扱いは。
クロウはひげ面に「短剣」を渡した。倒した坊主頭から奪ってきたものだ。お嬢様にあたたかいものをと聞こえ、二人の召使いが奥へと姿を消した後、ひげ面がクロウに耳打ちした。
「構わんよ」
恰幅のいい彼が片膝をついたので、化粧が落ちたミカエラは慌ててやめさせようとしたものの彼は頑なにやめてくれなかった。
「あのときの自分は北面の衛士をしておりました。このたびは姫、お嬢様のために少しでもお役に立てたこと喜ばしく。祖国の復興を心待ちにしております。では」
背を見せずに離れた。朝帰りも甚だしい格好をしていて、このような扱いを受けると心が折れそうだ。目顔でクロウを呼んだ。
「着替えたいの」
「お似合いなのに」
「うるさい」
「二階へ」
テーブルの上のベルを鳴らすと、どこからともなくメイドが現れた。どこまで姫様だと知られているのか尋ねると、ほとんどは成金商人のアバズレ令嬢だと認識していると答えた。
クロウ、後で愚痴ってやる。
「フィリアお嬢様は飲み過ぎでご気分がすぐれないらしい。洗面台へご案内して」
遊んでるな。
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