第7話 滅びの仲間
ミカエラは野次馬の群れの間から石壁が焦げた屋敷を眺めた。クロウは外套でミカエラに群がる人々を隠し、制服姿の警官が野次馬を押し留めるために警棒を振り上げていた。
どさくさにまぎれて暴動など起こされれば手のうちようもない。冬を前にして人々の不安もあるので、どこに導火線があるかもわからないものだから、警官はどんなことであれこういうふうに人々が集まることを嫌う。お互いが仲間でなくても、一つの塊になると怖いのだ。
ミカエラは少年の手をつかんだ。ベルトに吊るした巾着をナイフで切ろうとしていた。いつもは目ざとく見つけるクロウは群衆の間から焼き払われた商人の屋敷を見つめていた。
「いけないわ」
「うるさい」
少年はミカエラを押し退けるようにして群れから逃れた。追いかけようとしたが、すでに気づいていたクロウに止められたのでやめた。
「どうして?」
「追えば罠に落ちますよ」
「どういうこと?」
「待ち伏せです。素人でもあんなわかる盗みはしません。路地で待ち伏せしてるんですよ」
ミカエラはクロウに言われてなおさら許せないと群れから離れた。少年もいずれドジを踏んで捕まるだろうし、成功し続ければこんなことでは他の誰かまで不幸になる。
丘と水路の間、少年の姿が見えた。
「あなたはここにいて」
ミカエラは早足で追いかけた。後ろからクロウも着いてきた。やれやれという溜息が聞こえてきそうだが、今の自分はあのときの自分ではない。魔法も剣術も使えるし、恐れるままに見ていた自分と別れたい気持ちもある。
途中、少年は路地を折れた。濡れた石畳、石壁の入り組んではいるがゴミのない路地を歩いていると、覚悟していたが気配が増えた。
「でかしたな」
破れたオーバーを着込んだ坊主頭、髪の乱れた細面、他三名に囲まれた。頭上の窓から誰かが見ているし、焦げた臭いに満ちた界隈にも生活音も聞こえた。治安の悪い地域には思えないものの、こんな輩がいるところにはいる。
クロウの言うことが正しい。
「こんなことしてていいわけないわ」
「わかってる」
「じゃどうして?」
「飢え死にしろとでも言うのか?」
坊主頭がナイフを抜くと、ミカエラもベルトをほどいて鞭にした。坊主頭の手からナイフが弾かれ、ついでに誰かの股下をしなると、悲鳴がした。鞭が少年の足首を捕まえた。
「父ちゃん!」
坊主頭がナイフを拾い上げると、ミカエラに突き刺してきたので、彼女は少年を捕まえたままの鞭をしならせてナイフをかわした。頭上の窓から漁師の使うと網がかぶせられた。
裏口が開いて、ミカエラは網ごと引きずり込まれると、台所の床に転がされた。いつの間にか少年が煮え湯を入れたケトルを持ち出してくるのが見えた。
「動くなよ、お姉さん」
「上玉だな。動くな」
「動かないわ。でも魚じゃないんだから網くらいほどいてほしいわね。お湯もね」
少年はケトルをテーブルに置いた。
後ろ手で縛られかけたとき、踵で男の股間を蹴り上げた。肘でこめかみを打ち抜き、もう片方の足でケトルを蹴飛ばした。薪コンロがもうもうと湯気を立てているとき、手を縄から抜いてフライパンで一人の顔を殴り付けた。
少年がと網を引いた。
彼女はバランスを崩し、床に手をついて開脚で坊主頭以外を壁に跳ね返し、すかさず拾い上げた鞭で少年をくくりつけると、と網を坊主頭の男に投げ入れた。昔城の川でと網を打たせてもらったときのことを思い出した。
錘の付いた網をうまく投げると、うまい人は真ん丸に広がるのだが、ミカエラはうまく広げることができなかった。そのときに心が歪んでいるのではないかと笑われた気がする。
『お魚はいる?』
『いませんよ。もしいたとして捕まえたら叱られますからね』
『つまんない』
裏口の扉を叩く音がした。ミカエラが「どうぞ」と答えると、クロウが現れた。彼は坊主頭に向いてシルクハットの縁に手を添えた。
「わたしも腕を上げたわ」
「魚に打たないといけませんよ」
「そうなんだけどね。何もいないお城の川で打つよりもマシだと思うわ。上を見てきて」
「承りました」
クロウは台所を出た。
「あの後、私はひどく叱られました」
「どうして?」
「あれは精霊の川でしたからね。いろんなお浄めをするときに使われる水でした」
クロウは台所を出た。ミカエラは坊主頭に屋敷の強盗のことを尋ねた。言うわけがないと答えられて、納得し、お湯の入ったケトルでぶん殴って気絶させた。短剣を拾い上げた。これには紋章が刻まれ、魔法がかけられている。
「帝国……」
倒れた男を見おろして、この輩も以前は帝国兵士だったと思うと気が重くなるのを何とか飲み込んで、スリの子どもに話しかけた。
「黙れ、ババア」
「誰がババアよ!わたしはまだ十七歳なんだからね。頭に来るわね」
曇った盆で自分を見た。確かに肌も髪も艶がないような気がする。気のせいではない。ここしばらく祖国復興で悩んでいたし。魔法で何とかならないのか後でクロウに聞いてみよう。
「お化粧もしてないしなあ」
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