亡国の姫は祖国再興を夢見るか。わたしの選んだ道は怪盗紳士!失礼ですが、お嬢様は紳士にはなれません。

へのぽん

怪盗

第1話 魔法執事

 わたしは祖国を復興する!

 恋も愛も捨てる!


 早朝、丘の上は朝もやにかすんでいた。

 ミカエラは襟を引き締めつつ肩までの黒髪を後ろで結わえながら小屋を出ると、生来のポジティブさを表したライトブラウンの瞳に朝日が映り込んでいた。


「寒い。クロウは平気かな?」

 防寒着を着ていても寒いよ。


 まず隣の馬小屋から一頭の馬を放した。この馬は祖国を追われたときから一緒にいる。太い足、丈夫な骨格、物怖じしない性格だ。

 攻められた城から逃れるとき、ほとんど記憶にないが、この馬の背に揺られていた。戦場を激しく駆けているはずなのに、まるでベッドの上で眠るように穏やかな気持ちになれた。

 馬も寒そうにそろそろ出てきた。ただ今は働く気はないらしい。戦場でもないし。馬は丘の枯れ草の上で立ち、しばらくたたずんでいたかと思うと、村へと続く道を見つめていた。

 ミカエラの口から白い息が流れる。

 今日は特に冷える。ふと振り向くと、高い削られたような頂に雪が輝いていた。


「そりゃ冷えるはずだわ」


 これから冬が来る。丘の小屋へ続く道をロバが引いた荷馬車がやって来た。背を丸めた姿は登山でもしてきたのかと思うくらい完全防備である。覆面姿は怪しいが、あれから傍でサポートしてくれている魔法使いのクロウだ。

 城が他国の謀略で沈んだとき、ミカエラを守り抜いてくれた。本人曰くいつも城に来ては庭を眺めているか、召使いに給料泥棒と笑われていたとのこと。七年間ずっと従ってくれた。

 

「おはよう。早いわね」


 ミカエラが言うと、クロウは荷を引いていたロバの手綱を引いて荷車を止めた。


「遅いんです。一日遅れました。本当は昨日の夕暮れに来るはずでしたが」


 左の足がぎこちない。無理をすれば普通に歩けなくはないようだが、今日は急な寒さの少し気になる。しかし尋ねたとしても、平気ですよとしか答えないので行動で示すしかない。


「今日は食料と久々に新鮮なミルクを持ってきました。このミルクを少しもらうのに村で待たされたんです。朝がいいらしくてね」


「気を使わせたわね。わたしが運ぶわ」

「姫、これくらい運べますから」

「姫はやめて」

「ミカエラ様」

「様も」


 ミカエラは二本の特大瓶を抱えた。久々のミルクだ。薪は後で入れることにした。もうしばらく小屋で住まないといけないのか、すぐに街へ移るのか相談するためにクロウは来た。


「そんなこと言うなら師匠と呼ぶわよ」

「ちょっと困りますね。師匠ではないです」


 クロウは簡単な魔法を教えてくれた。魔法使いではなく、魔法石の使い方を学んだ。あのときは軽く空を飛ぶ、姿を消すくらいだが、子どもの頃のミカエラには憧れの存在で、城内で見つけるたびに、魔法をせがんだ。


「今から思うとムリを頼んだわね」

「はい?」

「何でもないわ」


 落城後、読み書きも教えられたし、剣術もダンスも教えてくれた。何でもできる人なんだと尊敬すらする。本人が言うにはすべて中途半端なので人前に出られないらしい。

 両親や兄弟を含めて城仕えの人々を失い、信じていた他国の許婚に捨てられて、何もないミカエラが生きてこられたのは、人生を捧げてくれているクロウのおかげでもある。もし祖国が復興するなら彼にこそ傍にいてもらいたい。


 ミルクパンに牛乳を入れた。薪コンロにかけた。クロウは防寒服のまま丸椅子に腰掛けると火掻き棒で火の調子を整えた。炎の魔法も使えるのに使おうとはしない。治癒の魔法も得意なのに自分には使おうとはせずにいた。


「お手伝いすることございませんか」

「そこで火を見ててくれればいいわよ。ここしばらく一人暮らしもなかなか楽しいわ」

「街に入るのはもう少しお待ちください」

「任せるけど、何かあるの?」

「想像以上に治安が悪いんです」

「どんな想像してたの?」

「セイラ帝国の帝都くらいですが、あそこもたいがい良くはないですがね」

「お城にいたからわからないわ」


 ミカエラはあたためたミルクを入れたカップを渡した。革の手袋越しに持つと、子どものように必死に湯気を吹いていた。


「よろしいですか」


 防寒着の中から身をグネグネしながら紙を出してきた。接ぎ合わせたテーブルに置いて広げた。前から頼んでおいたラスヒュッテ城の地図なのだが、細かな文字が記されていた。


「寒いのは苦手ね」

「城や屋敷なんて苦手ですよ」

「いつもお城の外に住んでたものね」

「狭いところが好きなんです」


 クロウは城の中心を指差すと、ようやくミルクを飲みはじめた。寒さが苦手、猫舌、魔法を使うのが嫌いな魔法使い。しかも派閥争いする気もないので出世すらできない。城内で日がな一日ミカエラの相手をしていたこともある。


「後一ついる」

「このラスヒュッテにあるのは炎の石です。琥珀の色をしているんですが燃えてます」


 ポケットから袋を出した。


「これが炎の石を封じ込められる袋です。盗んだらすぐに入れてください」

「入れないとどうなるの?」

「熱いですよ。炎をつかむようなもんです」


 焼けたパンにチーズを添えた。


「あ、姫様、チョコは食べませんか。海の向こうから運んできたものだそうです」


 包み紙を広げた。


「甘いの?」

「苦いですけどね。砂糖はないので。ミルクに溶かすとおいしいそうです。こうして……」


 手袋をはずしてカケラを入れた。何もならない。掻き混ぜないといけないのでは?スプーンを持ってきて掻き混ぜた。白いミルクにチョコの黒が巻いた。クロウは首を傾げた。


「ミルクにチョコの匂いがついた」

「そうなの?」


 クロウのカップから一口飲んだ。たまにお砂糖が欲しいと思うが、一言でも言えばクロウは叶えてくれるので、今は言わない。


「この小屋は引き払うのよね?」

「燃やしますか」

「まさか。掃除するのよ。旅の誰か来たら使えるようにね。鍋も置いていくわ」

「街は部屋を一つ押さえてあるのですが」

「が……何?」

「雑音があるんです」


 クロウは自分の思うようにいかないときなどに雑音があると言う。特に計画がズレてしまいかねないときは、静かに引き留められる。


「今回は多少のムリはするわ」

「想定していますけどね。姫様のお仕事のことは気にならないのです。簡単ではないのはいつものことですが、街で何者かがコソコソ動いているような気がするんです」

「そりゃ大陸を治める国の五つのうち四つが盗まれたんだもの。警戒は強くなるわよ」

「他の城は盗まれたことなど隠してます」

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