8話 別に正義は守れない。

 今日もそこに、サジはいた。




 サジは今日も、召喚屋ギムズの新人スタッフ(見習い)として働いている。




 店先に立ったり、ポタルの荷物を運んだり、研究開発の手伝いをしたり。


 その合間に、自分の魔法鍛錬も欠かさず続けていた。




 以前、失敗した自らに強化をかける魔法も、今では安定して発動できるようになった。


 これを[地の強化]としてマスターした。


 この魔法は、地属性のエネルギーを体表に纏わせることで、対象の能力を一時的に強化する。


 ポタルと何度かテストして確認する限りでは、ざっくり1.5倍くらい。


 自分にかければ、多少の戦闘にも対応できるし、ポタルにかければ、彼女が使う魔法のうち、地属性の魔法の威力や精度を底上げできる。




(……少しは役に立てるようになってきたかもしれない。だが、油断してはいけない。)


(「俺は強くなった!」と勘違いして、無謀な戦いを挑んだ結果、あっさり死ぬ──そんな話、元の世界でもフィクションの中でも、いくらでも見てきた。)




 過信せず、危険な橋は渡らない──これが異世界で生き残るためのサジのポリシーだ。


 あるいは、現実でも彼の行動原則はこれに近い。




「お客さんだよー!」




 ポタルの声で、サジは思考を切り替え、店先に向かう。




 そこに立っていたのは──ハーピーとサキュバス。




(ファンタジーではだいたい「悪役」や「魔物」のポジションにいる存在だが、この世界では違うのか。)




「依頼したいのは、うちの酒場の経営についてなんです♡」




「最近、近所にできたライバル店の影響で、客足が激減しているんです~↑」




 サキュバスの女性と、ハーピーの女性がそれぞれ前に出る。




 どうやら彼女たちは、王都の片隅で「ナイトバー・ハピサキ」という酒場を経営しており、それぞれの種族のスタッフを2人まとめているという。




(……にしても、語尾が気になるな。種族特有のものだろうか。なまりみたいなものだと思うしかないか。)




「ライバル店?」




「ええ……その店、違法賭博、違法薬物の密売、危険で違法な仕事の斡旋までしてるとか♡」




「……もうアウトじゃん、それ。」




 聞き専に徹しようとしていたサジから、言葉が漏れる。




 店主たちが続ける。情報を調べたのは《薔薇と月》らしい。


 彼女たちは問題の店の裏事情を突き止めたものの、「決定的な証拠」を押さえるのが難しいという。


 《薔薇と月》がハピサキに召喚屋ギムズを紹介したのも、その絡みだったようだ。




「うーん。それさ……ライバル店は、普通に王都の治安を維持してる組織に通報して、終わりで良くないか?」




「「「ええっ↑♡!?」」」




 サキュバスとハーピーとポタルが同時に声を上げる。




(なんでそんなに驚くんだよ。)




「いやだって、普通に戦ったら危ないし、こっちが被害受ける可能性あるでしょ?」




「……でも、正義のために戦うのが、当然なのでは~↑?」




「だからこそ。正義のために働いている人に動いてもらいたい。なぁ?<<薔薇と月>>さん?」




 ロゼをはじめとして、お店の裏手から、<<薔薇と月>>の4人が現れる。




「バレていましたか」




 4人の登場を受けて、サジが続ける。




「通報っていうのは、王都にある程度パイプがないとできないよな。」


「俺ではダメだが……ポタルならどうだ?」




 ポタルが首を横に振る。サジは問う。




「彼らなら王都にツテがあるかもしれない。」




<<薔薇と月>>のソウンが、その問いに返す。




「実は、既に治安維持隊には通報している。ただ、あと一歩、決定打となる証拠が足りないんだ」




「なら待つしかないな。」




(そして、今回の依頼は、「ライバル店を潰すこと」ではない。)




(「ハピサキ」の経営を改善すること、だ。)




(俺の世界にあって、この2人の店にないもの──それを導入すれば、状況を改善でき得るかもしれない。)




 サジは──多くのサラリーマンがそうであるように──脱サラして、何か楽な仕事は出来ないか、と考えたことがある。


 そして、これも多くのサラリーマンが考えることだが、まず注目するのは「飲食店の経営」。だが、現実世界において、これがあまり上手くいかないことは、読者諸君もよくご存知だろう。




 サジは、自分なりに、様々な図書や情報源から、その理由を落とし込んでいた。


 多くのお店の問題は、衛生管理のような基礎の徹底と、狙う客層に対する価格帯のアンマッチ、それから原価のコントロール。


 そう思考実験するだけして、今までに試す機会はなかったが、まさかこんなところで巡ってくるとは。




(ちくしょう、ちょっとおもしろいじゃないか──。)




「あなたたちのお店を見せてもらえますか?」




 サジとポタルは、《薔薇と月》と共に、王都の「ハピサキ」へ向かった。




 ◇◇◇




(──なるほど。価格も良心的、店も清潔。特に問題があるとは思えない。)




 だが──「個性の打ち出し」が圧倒的に足りない。




 ハーピーもサキュバスも、人間から見たら美人なのに、名札もなく、個性をアピールする仕組みもない。




「え? 人間って、私達それぞれの個体に興味があるんですか~↑?」




 あるに決まってるだろ!




(今どき、猫カフェや犬カフェどころか、不動産屋にも、野菜にもスタッフの顔写真とプロフィールが貼ってるんだぞ!ん、個体に強い興味といえば……)




「そうか、アイドル、メイドカフェ……コンセプトカフェだ。」




 サジは、現実世界と異世界をマッチさせる糸口を見出した。




 ◇◇◇




 サジは、ポタル、責任者のハーピーとサキュバス、それらの部下、そして<<薔薇の月>>とともに、こんな経営戦略をまとめた。






 1.推し文化の創設


 店員全員に名札をつけさせ、プロフィールを壁に張り出す。


 「推し」ができれば、客はその子に会うために通う。


 さらに、ハーピーの歌の才能を活かし、指名オプションを設置。


 ついでに、サキュバスのキスマークつきカードや、ハーピーの羽のお守りといった物販も追加。






 2.高単価の商品のメニュー追加


 今の、一律で、誰しも手が届く価格設定は「良心的すぎる」とともに、「お金を落としたい客の受け皿が無い」


 そこで、


 ・現行の価格帯(低)


 ・少し上の価格帯(中)


 ・プレミアムメニュー(高)


 と3段階の価格帯を設ける。




 客は「中」を選びたくなる心理が働く。結果として客単価が上がる。






 3.広告戦略の強化


 《薔薇と月》のアーチとマーチに、召喚獣4匹を引き連れて宣伝巡業をしてもらった。


 小人族は、歌や踊りに対して高い能力を持つらしく、「お店の名前が確実に伝わって、ノリが良くて、頭に残る曲を作れるか?」というサジの要望に合わせて、専用のCMソング「サキュっとハッピー、王都のハピサキ♪」を作成した。






 ──正直なところ、サジにあまり自信はなかったのだが、サキュバスたちと、ハーピーたちと、<<薔薇の月>>、ポタルの献身的な協力で、結果、客足は一気に回復した。




 そんなことをしているある日。




 ──店先に、ひとりのエルフの女性が現れる。




「助けてください!」




 彼女は薬師だった。違法酒場の経営者たちに脅され、薬物の製造を強制されていたと。




「……ようやく、逃げられました……!」




 これが決定的な証言となり、違法酒場は一気に捜査対象となる。


 《薔薇と月》の協力で証拠を集め、エルフの証言をもとに、治安維持隊が違法酒場を摘発。




 数日後──違法酒場は完全に閉鎖され、関係者は全員検挙された。




 ライバルの酒場は潰れた。




 ◇◇◇




「経営は万全で~す~↑」




「それで……そのエルフさんは、今どうしてるの?」




「うちで働いてもらうことになったんです♡」




「え?」




 エルフの薬師は、「夜の街には向かない朝型の種族」である。


 そこで、ナイトバー「ハピサキ」の昼営業を任せることになった。




「これで、昼の時間帯も活用できるし、お客さんの幅も広がるし、一石二鳥なんです♡」




「へぇぇ」




 ──こうして、召喚屋ギムズは、一切戦うこともないまま、問題は、皆の協力と努力で解決してしまった。




「ふっふっふ。これぞ、『楽しんで、やるべきことを、やる』ってことだね!」


 


 ポタルがニヤリと笑う。




「「ありがとうございます♡↑」」




 最初の依頼者のハーピーとサキュバスの2人が、サジをカウンター裏に呼びつけた。


 お礼と言って、魔法のアイテムをサジに渡す。




「わたしたちには、思いもつかないような作戦を考えてくれた、あなたに♡この恩に報いるための、本当に珍しい品です♡」




「『犠牲の魔石』というものです~↑」




 ハーピーが手のひらに乗せたそれは、透明な球体の中に、暗い赤色の光がゆらめいていた。


 まるで、生きているように、脈打っている。




「これは、私達の祖先が傭兵団をやっていたころに開発されたものなんです♡この魔石は、四肢や、五感、あるいはそれに準ずるものを犠牲にすることで♡」




「普段の100倍近い威力の魔法を出す事ができるんです~↑」




(……とんでもない代物だな。それを「お礼」として渡してくるのも、なかなかぶっ飛んでいる。)




「私達が人間の男性を捕まえて、操って、これを使わせることで、超強力な砲台にしようとしてたんですね~↑」




 しれっととんでもないことを言う二人に、さすがにサジも黙っていられなくなった。




「コワイこわい怖いって」




「でも、こんなもの使ったら、人間種族全体に目をつけられて、私達の種族ごと滅ぼされてしまいます~↑だから、もてあましていたんです~↑」




(賢明だ。──そして、やっぱり、とんでもない代物だ。)




 だが、サジには引っかかる点が一つあった。「五感──」




「犠牲にする対象は、”四肢”や”五感”だけなのか?」




 サジはふと、思いついたことを試しに聞いてみる。




「俺の元いた世界では、超常能力……こちらで言う”魔法”のことを、”第六感”と呼んでいた。これ……”魔法を使えること”を犠牲にすることは、出来るのか?」




 サキュバスとハーピーは、しばらく考える素振りを見せた後、頷いた。




「うんうん、それも犠牲の対象に出来ますよ♡我々のような種族や、もちろん人間に取っても、魔法は四肢や五感に準じるもの、いや、それ以上のものですからね♡」




「でも、魔法を犠牲にしても、本当に、いいんですか♡?」




 サジは、その言葉には答えず、しばらく魔石を見つめる。




(──いざという時の切り札。)




 自分が生き残るために使うのではなく、何かを守るために使う。




 もし、ポタルに何かあったとき、もし、どうしようもない状況に追い込まれたとき。




 その時には……。




(──魔法が使えなくなることは、現代社会から来た俺にとっては、小さなことだ。いざその時が来たら──)




「……なるほどな。」




 サジは小さく呟いて、魔石をポケットにしまった。


 カウンターを出て、ささやかな戦勝会をしているポタルと、<<薔薇の月>>の元に戻る。




 サキュバスが最後に、サジには聞こえないように呟く。




「あなたは、きっと特別な存在……人間種族ではない、私には、わかります♡きっと、この力が必要となるときが、あなたにくる……♡」




 戻ってきたサジを見て、ポタルが言った。




「ん?何話してたの?」




 ポタルが首をかしげる。




「ま、大したことじゃないんだ。」




「……ふーん?」




 ポタルは少し怪訝そうな顔をした。




(今、バレたら止められるかもしれない。だから、ポタルには、実際に使うときまで、知られない方がいいだろう。)




 サジは軽く笑って、それ以上は何も言わなかった。




「あ、じゃあ一個しつもーん!」




 ポタルが手を上げる。




「サジ、なんでそんなにコンセプトカフェ?とか言うのに詳しかったの?あんまり似合わない感じがするけど、そういうの好きなの?」




「あぁ、それは……」




 ──サジの妻は、”可愛い女の子”というコンテンツが好きであった。


 東京に旅行に行ったときも、コンセプトカフェ最大手”ユメユメイド”のお店に行ったほどである。


 だが、サジには全く興味はない。しかし、彼は、時間を無為にすることも好きではない。


 そこでサジはどうしていたかというと。




 お店の中を見回し、メニューを隅々までみて、この店が、なんでここまで大きくなれたのか、そのカラクリについて、ずっと思考を巡らせていた。


 女の子の方もあまり見ないで。




 サジは、そんな説明をポタルにした。




「ねぇ、今、ほんの少し思ってたことが確信に変わりかけてるんだけど」




 一息ついてから、ポタルが話す。




「サジって、ちょっと変わってない?」




 サジは答えた。




「なんせ、変わり者代表、天才召喚士様の部下なんでね。」




 そういうと、二人で笑い、手元のジュースで乾杯をするのだった。


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