追放された悪役令嬢ですが、辺境で伝説の力を手に入れて辺境伯様に溺愛されることになりました~ざまぁはこれからよ、お覚悟あそばせ?~

藤宮かすみ

第1話「追放の宣告 – 悪役令嬢ロゼッタの絶望と一縷の記憶」

「ロゼッタ・ド・ヴィルフォール!貴様との婚約を今ここで破棄する!」


 王城の大広間、シャンデリアの無数の光が降り注ぐ華やかな夜会の喧騒が、一瞬にして凍りついた。全ての視線が、声の主であるこの国の王太子アルフレッド様と、その隣でか細い肩を震わせるリリア嬢、そして――糾弾される私、ロゼッタ・ド・ヴィルフォールに突き刺さる。


 ああ、やはり来たのだわ。この瞬間が。


 前世の記憶を持つ私は、ここが乙女ゲーム『クリスタル・ラヴァーズ』の世界であり、自分がその中で悪役令嬢として断罪される運命にあることを知っていた。しかし、知識として知っていることと、実際にこの屈辱的な場面に立つこととでは、天と地ほどの差がある。心臓は鉛のように重く、胃の腑が冷え切っていくのを感じた。


 アルフレッド様は、まるで正義の使徒気取りで、私を睨みつける。その青い瞳には、かつての婚約者に向けるとは思えないほどの嫌悪と軽蔑が浮かんでいた。彼の隣で、桜色の髪を揺らし、儚げにうつむくリリア嬢。彼女こそが、このゲームのヒロイン。その潤んだ瞳は、集まった貴族たちの同情を一身に集めている。計算された完璧なヒロインムーブに、内心でため息が出た。


「貴様の悪行の数々、もはや看過できん!リリア嬢への陰湿な嫌がらせ、夜会でのドレスの毀損、そしてあろうことか、彼女の暗殺まで企てるとは!万死に値する!」


 次々と挙げられる罪状は、もちろん身に覚えのないものばかり。ヒロインであるリリア嬢が、持ち前の天然(を装った計算高さ)で失敗したり、ドジを踏んだりした些細な出来事を、全て私のせいだと巧妙に吹聴してきた結果だ。私は、この日のために用意されたスケープゴート。アルフレッド様とリリア嬢の「真実の愛」を際立たせるための、ただの舞台装置なのだ。


 周囲の貴族たちは、囁き合いながら私に憐憫と好奇の目を向けている。その視線の中には、ヴィルフォール公爵家が失脚することを喜ぶ者たちの嘲笑も混じっているのが、痛いほど伝わってきた。父様、母様、ごめんなさい。私が不甲斐ないばかりに…。


 ゲームのシナリオでは、私はここで泣き叫び、見苦しく許しを乞うはずだった。しかし、今の私には、そんな気力すら湧いてこない。ただ、唇を固く噛みしめ、背筋を伸ばして、この茶番が終わるのを待つしかなかった。


「よって、ロゼッタ・ド・ヴィルフォール!貴様を王都から追放し、辺境のエルミナ修道院での謹慎を命じる!異論は認めん!」


 アルフレッド様の最後の言葉が、とどめのように私の胸に突き刺さった。辺境の修道院。それは、事実上の終身刑にも等しい。貴族としての地位も、財産も、未来も、全てを奪われたのだ。


 悔しさと無力感で、目の前が真っ白になりそうだった。けれど、私は決して涙を見せまいと、奥歯をギリリと食いしばる。アルフレッド様とリリア嬢は、まるで忌まわしいものを見るかのように私を一瞥すると、すぐに背を向け、寄り添いながら大広間を退出していく。彼らにとって、私はもう存在しない人間なのだろう。


「…っ」


 唇から、血の味がした。


 こうして、私は悪役令嬢ロゼッタ・ド・ヴィルフォールとしての役割を終え、全てを失い、絶望の淵へと突き落とされた。しかし、この時の私はまだ知らなかった。この追放こそが、私の新たな人生の始まりであり、そして、私を愚弄した者たちへの壮大な「ざまぁ」の序曲となることを。心の奥底で、前世の私が囁いた。「大丈夫、ここからがあなたの本当の物語よ」と。その声だけが、唯一の慰めだった。

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