第16話:終幕
セインツ・クレイドルの発着場は、凍てつく静寂に閉ざされていた。広大な格納庫のミスリル結晶の床は、鮮血と黒い粘液が織りなす赤黒い紋様で汚され、魔力回路が不安定に明滅していた。
焦げた鋼鉄と血の匂いが重く漂い、崩れた破片が散乱する中、空母の心臓部は死の静けさに沈んでいた。壁に刻まれた魔法陣は、微かな青白い光を放ち、低く唸るように脈動していた。
その中心に――佇んでいた。
白いワンピースは血と粘液で穢れ、裾が重く揺れる。ショートカットのツインテールは血で赤く滲んだリボンで結ばれ、漆黒の瞳には奈落のような深淵が宿っていた。小柄な体躯から放たれる魔力は、戦場を圧倒する禍々しい波動となり、空気を震わせている。
彼女の足音は金属の床に軽やかに響き、無垢な外見とは裏腹に、戦場の残響を踏みにじるような存在感を放っていた。
エリザ・クロウ――復讐の標的――を倒したばかりの発着場は、炎の余韻と静寂が交錯する空間だった。彼女の手の甲に刻まれた黒い紋様が脈打ち、吸収したエリザの魔力が体内でざわめいていた。
終幕。
仲間たちの笑顔を奪った者への裁きが果たされた満足感と、胸の奥に広がる虚無がせめぎ合っていた。
一瞬、ミナ、ユウト、リナの笑顔が脳裏をよぎったが、彼女はそれを冷たい決意で押し潰した。
「ふぅ……やっと終わった……」
パンデモニウムは小さく息を吐き、首を傾げて微笑んだ。
舌足らずな声は、戦場の惨状と不釣り合いで、まるで遊び疲れた子どものようだった。しかし、その無垢な仕草とは裏腹に、彼女の魔力は空気を重く押し潰していた。
「――あのー、お嬢様ぁ。余韻に浸るのはいいですけどぉ、このままじゃマジでヤバいっすよ。ほんと、時間ないんで!」
突然、軽快な声が静寂を切り裂いた。マレフィス、黒髪ロングの美青年が、フリルのついたメイド服に身を包み、まるで影から滑り出るようにパンデモニウムの横に現れた。軽薄な笑みを浮かべた彼の瞳には、ふざけた輝きと、どこか底知れぬ忠誠心が宿っていた。だが、その口調とは裏腹に、彼の動きには戦場を生き抜く者の鋭さがあった。
背後には、黒装束の暗殺集団が音もなく整列し、静かな威圧感を放っていた。彼らの瞳には、パンデモニウムへの絶対的な服従と、命を賭した覚悟が宿っていた。
パンデモニウムはゆっくり振り返り、目を細めた。
「… …マレフィス、いつもそんなふざけたノリで現れるわね。ほんと、ゴキブリみたいにどこからでも湧いてくる。」
「うわっ、ひどい! ゴキブリだなんて! 俺、超絶美少女?メイドですから!」
マレフィスはわざとらしく胸を張り、フリルのスカートを軽くつまんでポーズを決めた。
「ていうか、男ですけど、メイド兼執事のハイブリッド! カッコよすぎて、映えるでしょ?」
彼の軽妙な口調は、戦場の重苦しさを一瞬だけ和らげた。だが、その瞳の奥には、彼女への忠誠を貫く鋼のような意志が潜んでいた。
「……男がメイドって、意味わかんない。」
パンデモニウムは呆たようにため息をつき、唇を尖らせた。だが、その口元には微かな笑みが浮かび、戦いの緊張がほぐれる瞬間があった。彼女の無垢な仕草と、漂う魔力の重圧が奇妙な調和を生んでいた。
マレフィスは一歩進み出し、恭しく一礼した。
だが、その動きには、軽薄さの中に戦士の鋭さが滲んでいた。
「こちらがご所望の品でございますお嬢様。そして、ついでにこれもどうぞ。」
彼の手には、青白い光を放つ魔力結晶のコアと、簡素なレバー付きのボタン装置が握られていた。コアは低く唸り、魔力の脈動を放っていたが、ボタン装置は無機質で、まるで子どもの玩具のような外見だった。マレフィスの指先がコアを軽く撫でると、微かな魔力の波動が空気を揺らし、彼の真剣な一面が垣間見えた。
「……このボタン、なに?」
パンデモニウムは怪訝そうに装置を手に取り、首を傾げた。黒い瞳には好奇心と警戒心が交錯していた。
「ささっ、押してみてくださいよ! お嬢様、絶対テンション上がりますから! ドカンと派手にいきましょう!」
マレフィスは目をキラキラさせ、子供のようにはしゃいだ。だが、その声の裏には、作戦の成功を確信する冷静な計算が隠れていた。彼の軽薄さと真剣さのギャップが、戦場の空気を軽くする。
パンデモニウムは一瞬躊躇したが、マレフィスの期待に満ちた視線に押され、ため息をつきながらつぶやいた。
「……ポチッ。」
彼女がボタンを押すと同時に、発着場の奥から轟音が響き、爆炎が天井を舐めた。ミスリルの床が赤熱し、魔力回路が火花を散らして爆ぜる。
空間が震え、空母全体が悲鳴を上げるようだった。爆発の衝撃波がパンデモニウムのツインテールを揺らし、ワンピースが漆黒のドレスに変貌し、裾が熱風に舞った。炎と煙が戦場を埋め尽くし、ミスリルの輝きが赤と黒に染まった。
「――ふぇっ!?」
パンデモニウムは目を丸くし、思わず後ずさった。彼女の無垢な驚きが、戦場の重圧を一瞬和らげた。
マレフィスはニヤリと笑い、顎に人差し指を当てて得意げに言った。
「ほら、お嬢様、言ってましたよね? 『全部ぶっ壊したら、どんな花火になるかなぁ?』って! いやぁ、最高の花火でしょ? 俺、ちゃんとメモってましたよ!」
彼の軽薄な口調とは裏腹に、瞳にはパンデモニウムの言葉を一言一句逃さず記憶する頭のおかしさにドン引いた。
「――マレフィス!? あんた、ほんと何!? なんでそんなこと知ってるの!?」
パンデモニウムは頬を膨らませ、拳を握ってマレフィスを睨んだ。だが、その仕草には愛嬌があった。
「いやいや、お嬢様の名言、全部心に刻んでますから! あの可愛い言い方、めっちゃハートに刺さるっていうか……あ、俺、ただのメイドですけど!」
マレフィスはニヤニヤしながら、わざとらしく肩をすくめた。
「――パイロットに魔法で偽装してたのね!? ほんと、どこからでも湧いてくるんだから!」
パンデモニウムは声を荒げ、指を突きつけた。だが、彼女の声には戦いの疲れを癒すような、微かな楽しさが混じっていた。
「そりゃ、メイドの極意っすよ! お嬢様のピンチには、どこでもシュタッと登場! ハァハァ、って感じで!」
マレフィスはわざと大げさに息を荒げ、両手を頬に当てて目を輝かせた。
「……気持ち悪いわ……」
パンデモニウムは冷ややかな視線を投げ、軽く髪をかき上げた。
その瞬間、爆発の振動が発着場を揺らし、ミスリルの床に新たな亀裂が走る。
魔力回路が不安定に明滅し、崩れた柱の破片が床に散らばった。
パンデモニウムは一瞬バランスを崩したが、即座に「
「お褒めいただき、光栄でございます!」
マレフィスは大仰に一礼し、ニヤリと笑った。だが、その笑顔の裏には、彼女の安全を確保するために動こうとしてた形跡があった。
「褒めてない!」
パンデモニウムは叫び、頬を膨らませたが、すぐに表情を引き締める。
「……もういいわ。マレフィス、コアの回収は終わった?」
マレフィスが手を叩くと、黒装束の部下の1人がコアを持って、パンデモニウムに渡し、頭を下げ、彼の背後に整列した。
「そちらになりますお嬢様!ささっとさくっと撤収しましょう!」
マレフィスは軽い口調で言いつつ、鋭い眼差しで部下たちに無言の指示を送った。彼の軽薄さと真剣さのギャップが、戦場の空気を一瞬だけ和らげつつ、撤収の準備を完璧に整えていた。
パンデモニウムはため息をつき、部下たちを見回した。
「……あなたたち、ほんとどこにでも現れるわね。まるで私の分身体みたい。」
「そりゃ、お嬢様に救われた
マレフィスはメイド服のスカートをつまみ、優雅にお辞儀をした。だが、その瞳には狂気じみた輝きと、彼女への揺るぎない忠誠が宿っていた。彼の軽妙な仕草と、命を賭ける覚悟のコントラストが、彼の存在感を際立たせていた。
パンデモニウムは小さく鼻を鳴らし、唇の端を上げた。
「……ここにいるのが全部?」
「イエス、
マレフィスが明るく答え、両手を広げた。その仕草は軽薄だったが、一瞬の隙もなかった。
その瞬間、コアを中心に青白い魔法陣が展開した。「
「なんだかんだ、長い付き合いになりそうね。」
パンデモニウムは呟きは、どこか寂しげな笑みを浮かべた。復讐の炎が消え、彼女の胸には仲間たちの笑顔が一瞬だけよぎったが、すぐに消え去った。
「お嬢様、お付き合いしますよ、永遠に」
マレフィスはゆっくりと近付き、彼女の横に並んだ。
次の瞬間、魔法陣が一閃し、パンデモニウム、マレフィス、そして黒装束の部下たちが跡形もなく消えた。
直後、夜明けの光が差し込むと同時に、セインツ・クレイドルは大爆発を起こした。閃光と衝撃波が発着場を飲み込み、鋼とミスリルの巨体は塵と化し、空に散った。
朝焼けの空に、最後の復讐の炎が打ち上げられ、静寂が訪れた。
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