第14話:パンデモニウムvsラグナロク
夜の闇にそびえる巨大な浮遊要塞。
その心臓部、「ブリッジ」へと続く長い通路は、まるで奈落の門が開かれたかのような混乱に飲み込まれていた。
けたたましい警報音がミスリル結晶の壁を震わせ、赤い警告灯が通路を血の色に染め上げる。光は壁に刻まれた「蛇の円環」の魔法陣に映り、脈打つ血管のように不気味に揺らめいた。
要塞の「水晶」が魔力の波動を捉え、甲高い警告音と結界の軋む音が重なり合う。
兵士たちの叫び声がサイレンと混じり、恐怖が空気を重く押し潰していた。
ミスリル結晶の床は冷たく輝き、血と硝煙の匂いが漂う中、要塞自体がうめき声を上げるようだった。
その中心を、パンデモニウムが軽やかに歩いていた。140cmの小さな体にまとった白いワンピースは、鮮血と黒い粘液で汚れ、裾が重く揺れる姿は、戦場を舞う死の乙女のようだった。
ショートカットのツインテールが風に揺れ、白いリボンが血の滲みで赤く染まる。唇からは無垢な鼻歌が漏れ、硝煙の匂いを切り裂いていた。
彼女の足音は金属の床に軽快に響き、まるで遊び場を歩く子どものような無邪気さだった。だが、彼女から滲み出る粘液のような魔力は、戦場を支配する異様な気配を放ち、周囲を圧倒していた。
指先から滴る黒い粘液は、床に落ちると泡を立て、蠢く生き物のようにミスリル結晶にひびを刻んだ。
「使徒様! 襲撃者です! 急いでブリッジへ避難を!」
若い兵士が、汗と恐怖に濡れた顔でパンデモニウムに駆け寄った。
銃を握る手は白くこわばり、声は震えていた。
彼の目は、彼女の無垢な姿と戦場の惨状のギャップに混乱していた。
パンデモニウムは一瞬振り返り、唇に純粋な笑みを浮かべた。その笑顔は子猫を見つけた少女のようだったが、瞳の奥には冷酷な光が宿っていた。
「――じゃあね」
彼女は右手を軽く振った。
次の瞬間、黒い粘液が意思を持ったかのようにうねり、鋭い触手となって兵士の胸を貫いた。
鮮血がミスリル結晶の床に飛び散り、まるで花弁が散るように赤黒い模様を描いた。触手の先端は脈打ち、血を貪るように蠢きながら床に溶け込んだ。
兵士は声にならない悲鳴を上げ、膝から崩れ落ち、目を見開いたまま動かなくなった。
「――パンデモニウムが裏切った! 総員、応戦準備! 救援を!」
別の兵士が叫び、壁際の通信機に手を伸ばしたが、その声は虚空に消えた。
彼女が吸収したアビスの能力「歪曲の
助けを求める声は、ガラスの壁に跳ね返されるように途切れた。
「ふふっ、届かないよー」
彼女は舌足らずな声で笑い、指を軽く鳴らした。
通路の空間が割れたガラスのようにひび割れ、蜘蛛の巣のように広がった。光が屈折し、不気味な色彩が通路を満たした。
兵士たちが放った銃弾は、彼女を中心とした不可視の渦に巻き込まれ、軌道が歪み、放った者たちの頭上から降り注いだ。
血がミスリルの床を滑り、鏡のような輝きに映りながら広がった。倒れる兵士たちの瞳には、恐怖と理解不能な絶望が宿っていた。
パンデモニウムはそんな光景を眺め、首を傾げて微笑んだ。
「――あなた達は何のために戦うの?」
彼女の声は無邪気そのものだったが、足元に広がる血だまりがその残酷さを物語っていた。
「――インフェルノが死んだみたいね…」
彼女はふと呟き、手の甲に視線を落とした。そこには黒い紋様が脈打つようにうねり、彼女の白い肌に不気味なコントラストを描いていた。
「力が強い者を吸収すると少し痛むわね…完全に取り込むには時間がかかりそう…」
紋様が動くたび、灼熱の力が彼女の体内に流れ込み、瞳が一瞬、炎のように赤く燃えた。彼女は唇を舐め、囁くように言った。
「あと…5人」
その声は、死神が次の標的を数えるような冷たさと、楽しげな響きを帯びていた。
鼻歌が再び響き、ブリッジへと続く通路の先は炎に呑み込まれた。要塞の結界が魔力攻撃を吸収しようと青白く脈動し、「蛇の円環」の魔法陣が通路を修復しようと不安定に明滅していた。
パンデモニウムが吸収したインフェルノの能力「業火の
ドレスの裾は影が流れ落ちるように揺れ、赤い瞳が血のように輝いた。
彼女の魔法「傀儡の
粘液は油のような光沢を放ち、触れるものを腐食させ、床に深い亀裂を刻んだ。
ツインテールが熱風に揺れ、血の滴が床に落ち、赤と黒が混ざり合う不気味な模様を描いた。
通路の天井が炎の熱で赤熱し、魔法陣が爆ぜるような音を立てた。パンデモニウムは炎の中心で微笑み、まるで地獄の女王のように君臨していた。
「ふふっ…」
彼女の声は焚き火の前でくつろぐ少女のようだったが、瞳には戦場を玩具と見なす狂気が宿っていた。
彼女の手から脈打つ黒い物体が床を這い、不気味な波紋を広げた。
指を鳴らすと、炎が通路を埋め尽くし、赤と橙の溶岩のような奔流がうねり、壁を溶かし、金属を赤熱させた。
炎の表面には黒い煙が渦巻き、まるで地獄の業火が具現化したようだった。熱風が通路を駆け抜け、彼女のドレスとツインテールを乱暴に揺らした。
その炎の奔流を裂くように、一つの影が空中に現れた。
ラグナロク。
185センチの長身にボロボロのローブをまとい、左頬の古傷が炎に照らされ、血のように輝いていた。
手に握る
剣の表面には魔力の粒子が星屑のように漂った。足元では魔力の波動が渦を巻き、ミスリル結晶の床が青く共鳴した。
彼が「
鎧は空間が結晶化したように輝き、表面に擦れるたびに青い火花が散った。彼は空間を固定し、空中を跳び上がり、炎の竜巻を回避しながら透明な足場を疾走した。
剣の長さを瞬時に伸ばし、不可視の刃で炎を一刀両断。剣の軌跡は青白い弧を描き、灰と火花が床に降り注いだ。
「――裏切りは予想していたが…こんなに早いとはな」
ラグナロクの声は低く、静かな怒りを帯びていた。
瞳には武人としての矜持と、裏切り者への冷徹な決意が宿っていた。彼は空中で身を翻し、剣を振り、不可視の刃でパンデモニウムの粘液触手を切り裂いた。
「あら、バレてたの? すぐ殺せば良かったのに」
「――それが出来れば苦労はしない」
触手は黒い粘液に溶け、床に不気味な模様を描いた。ラグナロクの不可視の鎧が炎を跳ね返し、青い火花が散り、周りの魔力が彼の魔力に共鳴して青く輝き飛ぶ斬撃を放つ。
「――ラグナロク、ブリッジを守るんでしょ? ふふっ」
彼女は軽くステップを踏み、ダンスのように身を翻した。動きに合わせ、黒い粘液が手から溢れ、黒い血液のように床を這った。
粘液から無数の触手が生まれ、蛇のようにうねり、先端は刃のように鋭く輝く。
触手の表面には赤い脈が浮かび、脈打つたびに魔力が空気を震わせた。さらに、粘液から彼女の分身体が次々と生まれ、戦場を埋め尽くした。
分身体はパンデモニウムと瓜二つの姿で、漆黒のドレスをまとい、まるで鏡像のようだったが、瞳は奈落のような無機質な黒で輝いていた。
各分身体は本体と同様の能力を操り、彼女が指を鳴らすと、空間がガラスのようにひび割れ、光が屈折し、通路全体を歪め、分身体の一体が「業火の咆哮」を放ち、炎の竜がラグナロクを襲った。
彼女はくすくすと笑い、舌足らずな声で続けた。
「――もっと頑張らないと死んじゃうよ、ラグナロク!」
ラグナロクは空中で身を翻し、三角飛びで炎の竜を回避し、空気を固定して足場を作り、分身体の背後に瞬時に移動した。
剣の長さを伸ばし、不可視の刃で触手と分身体を細切れにする。
分身体は黒い粘液に溶け、不気味な模様を描いたが、そこから新たな分身体が即座に生まれ、炎を放った。
「――面妖な」
彼の鎧が炎を跳ね返し、青い火花が散った。だが、パンデモニウムは次の手を繰り出した。
「ふふ…他の子が倒したみたいね。ネメシスの力、借りちゃうね!」
彼女の手の甲の紋様が脈動し、新たな力を発動した。
分身体たちが一斉に「
ラグナロクは空中で回転し、不可視の刃で
彼の鎧が攻撃を跳ね返し、青い光が通路を照らした。空間を固定し、空中で旋回しながら炎を回避したが、パンデモニウムと分身体たちが「秩序の
数十本の銀と黒の鎖が虚空から飛び出し、彼を絡め取った。
鎖は魔力の紋様が浮かび、脈打つ血管のようだった。
先端が床に突き刺さり、ミスリル結晶に深いひびを入れた。ラグナロクの鎧が青い火花を散らし、鎖の圧力に耐えたが、動きが鈍った。
「――その力…他の使徒のものだな」
ラグナロクの声には驚愕と怒りが混じっていた。瞳には仲間を失った痛みが宿っていた。彼は剣を振り上げ、不可視の刃で鎖を切り裂いた。
鎖は火花を散らし、金属音を響かせて床に落ちた。そして空中を固定し、パンデモニウムと分身体の頭上へ跳び上がり、剣を振り下ろした。だが、彼女たちは空間をさらに歪めた。
「――そうだよ!」
剣の刃が空を切り、ミスリル結晶の壁に深い傷を刻んだ。
分身体の一体が「
空間に波紋が広がり、鎧の力を揺らし、剣の固定化が一瞬乱れた。振動は通路を粉々に砕き、結界が爆ぜる音が響いた。
「――まだ終わらないよ!」
パンデモニウムの声が響く中、黒い粘液が通路を埋め尽くし、触手と分身体が無数に生まれ、戦場を黒く塗り替えた。触手は蛇のようにうねり、先端は槍のように鋭く、触手が赤く脈打つ。分身体は炎の竜巻、鎖、鎧、空間歪曲を同時に放った。
「――ふんッ」
ラグナロクは異様な動きで全てを捌いた。だが、分身体の一体が赤く燃え上がり、爆発的なエネルギーが通路を焼き尽くした。赤と黒の炎が渦巻き、熱風が壁を溶かした。彼の鎧が爆発を跳ね返し、青い火花が散ったが、分身体が「
「――グッ」
血が噴き出し、ミスリル結晶の床に赤い花を咲かせた。鎧が一瞬揺らぎ、固定化が崩れた。
「――ラグナロク、あなたの力、いただくね」
パンデモニウムは彼の頭を掴み、黒い粘液が彼の体を飲み込んだ。粘液から新たな分身体が生まれ、ラグナロクの剣を手に持ち、嘲笑うように振り回した。彼女の手の甲の紋様が複雑に広がり、新たな力が流れ込み、瞳が狂気じみた輝きを放った。
「…ふぅ。ちょっとふらっとするわ…」
彼女は一瞬よろめき、笑顔を取り戻し、ブリッジへと進んだ。
「あと…2人」
背後では、炎に包まれた通路が静寂を取り戻していた。
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