第3話:合流


 硝煙しょうえんと埃が鼻を刺す廃墟はいきょの街。


崩れ落ちたビルの鉄骨が、夕焼けの赤い空に鋭く突き刺さる。遠くでアンノウンの獣のような咆哮ほうこうが響き、戦場の不穏な空気を掻き立てる。


 風見 零かざみれいは瓦礫の陰に身を潜め、汗でべたつく戦闘服の感触に顔をしかめた。耳元の通信機からチッというノイズが漏れ、軽やかな声が飛び込んでくる。


 『――もしもーし、れいちゃぁん! 生きてる? 死んでたら返事してよー!』


 その声は、戦場の重苦おもくるしさをまるで無視するような明るさだ。


 (死んでたら返事なんかできねえよ)

 

 零は眉をひそめる。


 静かだが苛立ちを帯びた声が割り込む。

 

 『まこと、うるさい。』


 バンッ!


 銃声が空気を切り裂き、れいは反射的に身を縮める。目の前で瓦礫がれきの破片が飛び散る。


 通信機から再び真琴まことの声が響く。

 

 『そりゃそうか! メンターちゃぁん、さっきから無視しないでって! ねえ、今どんな感じ? こっちはもう、超ヤバい! ハゲるレベル! 女子なのにハゲ――『――まこと、静かに。』』


 陽葵ひまりがピシャリと遮る。


 れい瓦礫がれきの隙間から周囲を窺い、敵の気配を探る。

 

 (……このチーム、本当に大丈夫なのか?)

 

 心の中で呟き、不安が胸をよぎる。


 『――ひまり! うるさいって何!? うら若き美少女に向かってその言い草!? そうやってすぐキレるから、寸胴ボディおこちゃまでちっちゃいんだから!』


 真琴まことの叫びに、れいは思わず笑いそうになる。だが、次の瞬間――バシュッ! 鋭い銃声が響き、真琴まことの声が途切れる。


 『――ひまり!? 今、私に撃ったでしょ!? 避けなきゃ死んでたよ!?』


 真琴まことの声が半分悲鳴に変わる。陽葵ひまりは無線の向こうで淡々たんたんと答える。

 

 『まことなら平気でしょ。』


 『――平気なわけないじゃん!』


 『少し黙って。』

 

 メンター12の冷徹れいてつな声が真琴まこと抗議こうぎを切り裂く。


 れいは小さく息を吐き、呟く。

 

 「いや、ほんと元気だな……こいつら。」


 真琴まことの声が即座に弾ける。

 

 『――れいちゃぁぁぁん!』


 「俺とお前、そんなに仲良かったっけ……?」

 

 れい困惑こんわくしながら呟き、通信の向こうにいるメンター12に意識を向ける。

 

 「その……メンター12、大変だったな。」


 『はい、まこと様が非常に煩わしいです。』

 

 メンター12の声は無機質むきしつだが、どこか皮肉ひにくにじむ。


 『ひどい! 私が何を――』


 真琴まこと抗議こうぎは、メンター12の次の言葉でさえぎられる。

 

 『これであなたを含め、メンバー4人が揃いました。もう1人とは連絡が途絶とだえています。現在のメンバーで作戦を進めます。合流まで時間があるので、簡潔に情報を共有します。』


 無線の向こうで、真琴が勢いよく手を挙げているのが目に浮かぶような声が響く。

 

 『はいはーい! 私、まこと! 七瀬真琴ななせまこと!』


 バン! ババン!


 連続する銃声に、零は身をちぢめる。真琴まことは戦場を遊び場のように跳ね回っているかのようだ。瓦礫がれきの間を軽快けいかいに飛び越え、アンノウンにアサルトライフルを連射する姿が想像できる。


 『得意なのは回避! スリーサイズは内緒――『B85、W59、H90です。』』


 メンター12の無機質な声が割り込む。れいは思わずむせる。


 『――ちょっと!? 人の個人情報バラすな! なんでそんなこと言うの!?』


 真琴まことの声が焦りに震えると同時に、ダダダダッ! アンノウンの咆哮ほうこうと瓦礫が砕ける音が混じる。


 『八つ当たりです。』

 

 メンター12の冷静な一言に、零は苦笑にがわらいする。

 

 (この人、意外と人間らしいな。)


 次に陽葵ひまりの控えめな声が響く。

 

 『私はひまり、湊陽葵みなとひまり。得意なのはサポート全般。体力は皆無。走れって言われても無理。よろしく。』


 彼女の小柄な姿が、ビルの屋上で風に揺れるセミロングの髪とともに浮かぶ。大きな瞳で戦場を見下ろし、ライフルを構えているのだろう。


 『――ねえ!? 無視!? 私のこと無視しないで!『葵様、自己紹介を』』

 

 メンター12が真琴まことさえぎる。


 『この流れでキラーパスはキツいよ……めっちゃ睨まれてる……』

 

 あおいの声は震え気味だ。

 

 金髪と眼鏡、華奢きゃしゃな体型の少年が、輸送機で怯えていた姿が思い出される。


 「僕はあおい、桜庭葵さくらばあおい。回復魔法が得意です。よろしく。あとれいさん、早く合流して……ちょっと気まずいんだよね……」


 「よ、よろしく。」

 

 れいは短く返す。


 『もしもーし、聞こえてる? 返事がないただの屍――『以上が今回の作戦メンバーです。零さんの情報は既に共有済みなので、自己紹介は不要です。あ、そこを右に曲がれば合流地点です』』

 

 メンター12が真琴まことさえぎり、淡々たんたんめる。


 『――援護するから走って。』

 

 陽葵ひまりの指示が飛ぶ。


 れい瓦礫がれき路地ろじけ、右に曲がる。瞬間しゅんかん、死角だったビルの窓から金属の鱗を持つアンノウンの群れが飛び出してきた。鋭い爪が夕陽ゆうひを反射し、獣のような咆哮ほうこうが耳をつんざく。


 「――ッ!」


 れいは反射的に後退し、身構える。だが、その前に鋭い狙撃音が響き、アンノウンの一匹が頭を撃ち抜かれて倒れる。

 

 陽葵ひまりの援護だ。


 『――そのまま走って!』


 陽葵ひまりの声にうながされ、れいは歯を食いしばり瓦礫がれきを飛び越える。その時目の前を何かが横切る。


 ガンッ!


 真琴まことだ。彼女はアンノウンに華麗かれいな回し蹴りを叩き込み、軽やかなステップで次の標的に飛びかかる。ショートカットの髪が風を切り、鋭い瞳が戦場を捉える。


 「――おかえりなさいませ! ご飯? お風呂? それともわ・た・し?」


 「――バカかよ。」


 れいは突っ込みながら彼女の背中を追う。真琴の動きは異常に軽快で、回避の天才そのものだ。


 陽葵ひまりが屋上から降りてくる。小柄な体に不釣り合いなライフルを抱え、大きな瞳で零を見つめる。

 

 「――いらっしゃい。何もない喫茶店へ」


 「クソどうでもいいこと言ってんじゃねえ。」


 真琴まことがカッコつけて言ったが、陽葵ひまりがキレ気味に返す。れいは呆れつつ、陽葵ひまりの手がわずかに震えているのに気づく。

 

 (怖いんだな……)


 辺りはアンノウンの死体の山。

 地面に散乱し、金属の鱗が不気味に光る。


 あおいがコンテナの陰から現れ、汗で張り付いた金髪を拭う。

 

 「零くん、とりあえずこれつけて。このコンテナ近くなら複合現実化ふくごうげんじつかできるから、端末操作が楽だよ。」


 渡されたのは首輪型のARデバイス。魔力を通すと網膜もうまくに戦場情報が投影とうえいされる。

 

 零はそれを装着し、視界に地図と敵の位置が浮かぶのを感じる。


 「サンキュ。」

 (仕組みはわかんねえけど、便利そうだ。)


 『今回の作戦行動中の指揮を、れいさん、あなたが担当してください。私はサポートに徹します。』

 

 メンター12の声が響く。


 「俺が指揮? 何だそれ?」


 『即応的な行動において、あなたが最も優れた成績でした。』


 「他の奴がいいって言わねえだろ。」

 

 れいは眉をひそめる


 「私は構わないよー。」

 

 真琴まこと陽葵ひまり米俵こめだわらのよう担ぎながら軽く言う。

 

 「隊長とかめんどくさいし。」


 陽葵ひまりが小さな拳で真琴まことの背中を叩く。

 

 「わたしも大丈夫。体力ないから、そこだけ考慮して」

 

 彼女は真琴まことから逃れ、コンテナに駆け寄る。


 「僕はサポート型なんで、指揮お願いします。」

 

 あおいが眼鏡を直しながら控えめに笑う。


 零はため息をつく。

 

 「……わかったよ。やるよ。メンター12、次はどうすりゃいい?」


 「お腹すいたから、まずランチ――」


 真琴まことが言いかけた瞬間、れい携帯食料カ〇リーメイトを取り出し、彼女の口に押し込む。

 

 「むぐっ」ともぐもぐ食べ始め、真琴まことがようやく静かになる。


 『コンテナのセキュリティ解除パスワードを発行します――』


 パシュッ!


 突然、コンテナの側面が開く。


 「やった、開いた!」

 

 陽葵ひまりが得意げに笑う。


 『――みなさん、ちょっと自由すぎませんか……?』

 

 メンター12の声に、ほのかな動揺どうようにじむ。まるで人間の少女のような揺れだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る