第12話 ミコ様
「まあ、ぶっちゃけると殺人なんてあったら、警察に電話しちゃうじゃない。そうされると本格的な警察の捜査が始まるから、探偵役は困るわけよ。だから昔の推理作家がそういう手段を『発明』したわけ」
推理作家もなかなか大変なようだ。
「ここなんてそういう舞台としては理想的よ。排他的な村人、奇妙な秘密めいた信仰、そこにフリースクールの生徒がやってきて……」
「次々に殺される?」
聖夜がにやりと笑った。
「まあ、そういうことね。フリースクールの運営もなんだか信用できないし、集落の人たちとの接触も極力、禁止されている……でも聖夜くん、ちょっと不謹慎すぎじゃない?」
「こんなときに落ち込んでいたら、ますますびびるだけだぞ」
聖夜の言葉にもそれなりの説得力はあった。
「本当に殺人鬼が出たら、そのときに怖がればいいんだ。ホッケーマスクをかぶって斧もった怪人とか、チェーンソーで人を切り刻むやばい一家とか」
さすがにそんな連中がこの村にいるとは、ちょっと思えない。
「やっぱりオリエンテーションの一種、なのかもね」
黒宮が言った。
「これからさまざまな危機的状況におちいるかもしれない。でも、それって『作られた危機』で、みんなで強力すれば必ず対処法はある、とか」
「まあ、そうでも考えないと神経がもたないな。ところで……」
聖夜の発した言葉に耳を疑った。
「例の神社、今日、行ってみないか?」
黒宮が眉をひそめた。
「藪をつついて蛇が出てきたらどうするつもりなの?」
「そのとき、怖がればいいさ」
ふと奇妙に陽介の意識が高揚した。
もちろん恐怖は感じるが、決してそれだけではない。
やはり昨日の賭博をきっかけとして、自分のなかでなにかが変わりつつあるのかもしれなかった。
「やってみるのもいいかもしれない。運営も、行くな行くなって行っているけど、そんなこと言われたら逆に行きたくなるってわかってるはずだ」
陽介の科白に二人が頷いた。
「いつまでも運営側にふりまわされるのも、癪だしね……」
結局、黒宮も賛成に回った。
朝食が終わると、三人で外に出た。
他にも体を動かしている生徒たちはいるが、みな遠出をするつもりはないようだ。
あまり他の生徒たちの注意をひかぬように気をつけながら、ごく自然な様子で村の道を歩き始めた。
未舗装の道路は昨日の嵐のせいが、かなりぬかるんでいる。
田舎道にしても、開発などはほとんど行われていないようだ。
「これ、田舎の中の田舎って感じだな。よく生活がなりたつもんだ」
なかば呆れたように聖夜が言った。
上水道は井戸をいまだに使っていそうだ。
「ここって電気も通ってるのかしら」
黒宮も驚いている。
そのとき、なにやら大声が聞こえてきた。
見ると、かなり髪の白くなった老人が、三十代はじめくらいの小柄な男に頭をぺこぺこさげている。
よく観察すると若い男の左腕は存在していなかった。
「本当にすみません」
「ウデアリがウデナシにそんなでいいのかよ! 俺たちウデナシのおかげでお前たちは暮らせているんだぞっ」
「それは存じております」
老人は一方的に謝っている。
率直に言って、体の弱そうな老人が男にやりこめられているさまは見ていて気分が悪かった。
「ちょっと、相手はご老人よ」
すると小柄な男がうろんげに陽介たちを見た。
「なんだ、お前らが例の余所者のガキか。ここにはここの風習ってものがあるんだ。俺みたいなウデナシは、ウデアリよりも格上なんだよっ」
つまりは階級差のようなもの、ということだろう。
しかし左腕のないもののほうが立場が上の村、などというのはいままで聞いたこともなかった。
「くだらない因習ですね」
「んだと、ガキが」
相手は隻腕とはいえその体は明らかに農作業でかなり鍛えられている。
ゆっくりと男が近づいてくるのを見て、陽介は冷たいような、熱いようなものが血管を駆け巡るのを感じた。
いわゆるアドレナリンが分泌されているのだ。
恐怖を感じているのは事実だ。
しかし、それとも異なるなにかもっと凶暴な衝動のようなものも体を駆け巡っていた。
飛び散る鮮血。
振るわれる凶器。
血まみれの刀身のナイフ。
一瞬、脳裏をかけめぐった映像に陽介は驚いた。
いまのはなんだ?
なにがおこったのだ?
そのとき、風鈴を鳴らすような涼やかな声が聞こえてきた。
「おやめなさい」
声のしたほうに目をやると、一人の少女が立っていた。
驚くほどの美少女で、まるで人形のようだ。
小柄だがたぶん年齢は陽介と同世代くらいだろう。
真紅の和装に身を包んでいたが、こうしたものに詳しくない陽介にもおそろしく上質で、高価なものだとわかる。
しっとりと輝く生地は、あるいは絹を使っているのではないだろうか。
髪型は黒宮ににており、さらりとした髪を長く伸ばしている。
純和風の美少女に見えたが、予想通り、左手のあるはずの場所の袖はだらりとしていた。
「ミ、ミコ様」
老人は生き神でも見たかのように両手をあわせていた。
一方、左腕のない男も似たようにしているが、その顔には恐怖の色がわずかに浮かんでいる。
「ミ、ミ、ミコ様。俺は……」
「四郎。今日は特別に罰はなしとします。二人共すぐ去りなさい」
呆然としている陽介たちに少女が言った。
「さきほどは村のものが無礼をいたしました。お詫びに神社を案内いたしますが……」
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