第2話

 俺の人生はマイナススタートだった。

 

 14年前の夏、俺はマキ爺さんに拾われた。

 赤ん坊の俺は、イーナ川に捨てられていたらしい。


 その日は記録的な豪雨の翌日だった。イーナ川の水位は大体50センチくらいなんだけど、その日は3倍近くになっていたんだと。


 それくらい川が荒れていたにも関わらず、俺も、俺を乗せた小舟も、全く水に濡れてなかった。


 爺さんは近くにあった木の棒を使って、慎重に俺(が乗った小舟)を手繰り寄せた。

 

 夏の陽で少し赤くなった肌。


 黒い髪と青い瞳のコントラスト。


 マキ爺さんは赤ん坊の俺と目があった瞬間、神秘を感じたらしい。


 「お前は泣きもせず、ニコニコ笑っておったぞ。お前の髪をそっと撫ぜた時、『よろしく頼みます』という神の声が聞こえてきたんじゃ」


 マキ爺さんは折に触れてそう語る。爺さんは70近いのに筋骨隆々だ。そんな見た目とは対照的に、割と信心深かったりして。年取ると自分を超越した「なにか」を信じたくなるんだって。



 マキ爺さんは、俺に「ルカ」という名前をつけた。


 ルカは古代語で「天」を意味する。


 ルカ・ラスキーニ。


 それが俺の名前。

 

 そんなわけで、俺とマキ爺さんの生活が始まった。

 

 神から預かった子だというなら、さぞ丁重に、かしずくように育ててくれた……と思うだろ?

  

 ま、「大切に育ててくれた」には違いないけどね。

 

 マキ爺さんが信仰してる神様ってのは実践とか労働を司どる神様だ。だから、マキ爺さんにとって「大切に育てる」とは生活力を身につけさせることってわけ。


 マキ爺さんとの14年間は学びの多い日々だった。


 2歳の時から火起こしを学び、

 

 食糧の採取や狩りのイロハを叩き込まれ、


 食材を調理し、提供することで生活の糧にする。

 

 3歳の時には爺さんの経営する酒場を手伝い始めた。

 

 おかげで14歳の今、できないことはほとんどない。いまだにマキ爺さんに要領の悪さを叱られたりすることはあるけど、俺はこの酒場・アリーナの看板店員だと自負している。


 酒場は、酒と食事だけの場所じゃない。

 憩いの場であり、日々のストレスを発散する場だ。


 客たちは、仕事の愚痴を言ったり、奥さんの愚痴を言ったり、酔ったりすると「俺がもしクロンビーの生まれだったら今頃〜」なんて語ったりする。



 あ、クロンビー家ってのはこの郡の領主ね。魔法使いの名門一族で、政府の高官を任せられている。

 領主って言ってもこの村にきたことすらないと思う。クロンビー家に限らず、魔法使いの一族は首都のセントラル地区に住んでいるからね。

 

 「魔法使いに生まれたかった」系の愚痴は、納税期になると鬱陶しいくらい噴出する。

 納税のためにセントラルに赴き、魔法使いたちと接した客たちは、自身の境遇を嘆くのだ。

 

 そんなに魔法使いになりたいかね?


 みんな欲張りだよなあ。


 親に捨てられた俺からすれば、「生きてるだけで儲け物」だと思うんですけど。


 魔法でパッと叶えられるのもカッコいいけどさ、この手触り感のある生活も悪くないと思うんだけどね。

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