輝ける群青のラパル ──終わりと始まりの物語──

ネコ屋ネコ太郎

プロローグ

かつて、この世界は魔法に満ちていた。


水は言葉に応え、火は心を温め、風は意志を運び、土は力を与えてくれた。

魔法は神の業でも選ばれし者の秘技でもなく、誰もが身近に持つ日常の一部だった。

人はそれを“祝福の時代”と呼び、ただひたすらに魔法の恩恵に感謝して生きていた。


どこかに神がいたかもしれない。

それを崇める宗派も、否定する学派もあったが、争いは少なかった。

争うまでもなく、すべてが満ちていたからだ。


だが、時は流れた。


ある日を境に、魔法はわずかに、ほんのわずかにだが、反応が鈍るようになった。

最初は誰も気づかなかった。

火の魔法が小さく灯り、水の流れがやや弱くなり、風が読みにくくなる。

その程度の変化は、使い手の心の乱れか、周囲の環境のせいだとされた。


それでも、魔法の衰えは確かに進んでいた。

一年が十年になり、十年が百年となる頃には、

“誰でも使える”は“才能ある者に限られる”へと変わっていった。


そして、魔法はかつてのように人々の暮らしを支えるものではなくなり、

ごく一部の者だけが扱う、特別な力となった。


人はそれを“魔法衰退の時代”と呼ぶようになる。


それでも、魔法を諦めなかった者たちがいた。


五つの都市。

彼らはそれぞれのやり方で魔法の伝統を守り、失われた知識を探り、

時に互いに反目しながらも、それぞれの灯を絶やさぬよう努力を続けた。


南方のウィーゴ。

ゴーレム開発に心血を注ぐ職人集団。各工房ごとに独自に発展している。


北方のマリュー。

古くから薬師たちが集まり、雪と氷に閉ざされた秘密主義者の集まり。


西方のカナン。

呪符に魔法の力を込めて扱う呪符師達の都市。呪符の販売により富を得る商業都市。


東方のイサキ。

武術と魔法を融合させた独自の文化を誇る。名誉と忠義に生きるモノノフ達。


そして中央、ラパル。

魔法の原点を求め、かつて存在した古代文明の遺跡を掘り起こし続けてきた学園都市。


ラパルは他のどの都市よりも過去を見つめた。

忘れ去られた魔法、記録されなかった知識、失われた“形”を探ることで、魔法の本質に迫ろうとしたのだ。


学問、調査、記録、分類。

そうした積み重ねがやがて都市全体の機能となり、ラパルはいつしか「魔法学園都市」と呼ばれるようになる。


幼い子どもに文字を教える“初等科”から、術式を学び、研究する“研究科”まで。

多様な教育と探求が息づくこの都市は、かつて確かに、魔法の未来を照らしていた。


だが、その輝きも、また例外ではなかった。


新しい魔法は生まれにくくなり、かつての成果を反復するばかり。成果の出ない基礎を永遠に繰り返す。

都市には緩やかな閉塞感が漂い、他の魔法都市に先を越される機会が増えた。


若者は別の都市を目指し、名門の名は次第に皮肉として語られるようになる。

「古いものばかりに縋る学園都市」と。

「過去にすがる研究者の集まり」と。


魔法の復活を信じる声は、もはや嘲笑の対象ですらあった。


けれど。


それでもなお、ラパルは掘り続けた。

土の中に眠る何かを、時代の奥に埋もれた可能性を、名もなき者たちは手を止めず、ただ真摯に探し続けていた。


そして、その日が訪れる。

その名も記録されぬ“天才”が、奇跡のような発見を成し遂げた。


伝説上の存在だと言われた遺跡の発見。

そこから発掘された、未知の理論。

既存の常識を塗り替えるような理論と、再現性を持つ技術の確立。


学園都市ラパルは、遺跡の発見を機に新たな道を見出すことになる。


新たな魔法道具の開発という、技術としての魔法への接近。

これは再び、魔法を“使える力”に変えるための挑戦だった。


その後、“若き天才”は都市を離れ、他の魔法都市へと旅立つ。

南、北、西、東──それぞれの地で多くの成果を残し、史上初めて、五大魔法都市すべてで導師として認められる。


十年の歳月を経て、ラパルに、ひとりの導師が帰ってくる。


誰が呼んだのでもない。

何があったのでもない。


それは、ただ彼が帰ると決めたからだった。


物語は、そこから始まる。

ひとつの部屋の扉が開く。

ひとつの灯がともる。


その灯に引き寄せられるように、夢と迷いを抱えた者たち。

一癖も二癖もある者たちの、静かに交差する日常が、そこから少しずつ動き出す。


これは、のちにラパルの輝ける黄金期と言われる時代を彩った人々の記録。


群青の空の下、新たに輝きを見せる──

終わりと始まりが交差する、静かな物語。


それでは、物語を始めるとしよう。

群青の空の下、輝ける黄金の物語を。

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