第6話 現実という名の剣

その平和な時間は、突然の来客によって破られた。


ピンポーン♪


「あ、誰か来たな」


僕がミーちゃんの頭を撫でながら立ち上がろうとすると、玄関のドアが勢いよく開いた。


「みゆきちゃーん!いるんでしょー?」


聞き覚えのない女性の声。そして足音が階段を駆け上がってくる。


「え?」美咲が困惑した顔になる。


「あ、いたいた!もう、連絡もなしに家出なんて——」


部屋のドアが開いて、30代くらいの女性が飛び込んできた。そして僕の膝の上のミーちゃんを見て、固まった。


「…みゆきちゃん?」


「お姉ちゃん…」ミーちゃんが小さく呟いた。人語で。


その瞬間、僕の世界が崩れ始めた。


「みゆきって…ミーちゃんの名前は…」


「あかねざき、茜崎≪あかねざき≫みゆき」ミーちゃんが僕を見上げた。「隣町の桜ヶ丘、2年生」


猫耳が見えない。


しっぽも見えない。


ただの、人間の女の子がそこにいた。


「みゆき、この一週間どこにいたか分かってるの?心配して——って、あなた誰?」


お姉さんが僕を見る。その視線は明らかに警戒していた。


「田中…です」


制服に視線を向け...


「妹が男の子の部屋にいるって、どういうこと?」


空気が一気に険悪になった。


「あの、これは誤解で…」


「誤解?」お姉さんの声が鋭くなる。「みゆきちゃん、説明して」


ミーちゃん——いや、みゆきちゃんが僕の膝の上で小さくなった。


「私…この人に猫として飼われてたの」


「は?」


完全に意味不明な説明だった。僕も、美咲も、佐藤も、誰も何と言えばいいか分からなかった。


「猫として…って、あなた正気?」


お姉さんの視線が僕に刺さる。


「ちょっと、警察呼んだ方がいいんじゃない?」


「待って」美咲ちゃんが立ち上がった。「この人は何も悪くない。私が勝手に…」


そこで彼女の言葉が途切れた。


現実が、重い剣のように僕たちの上に降りてきた。


共有していた幻想が、音を立てて崩れていく。


猫耳美少女なんて、最初からいなかった。


ただの女の子が、何らかの理由で僕の家にいただけ。


そして僕は、その子を「猫」として扱っていた。


客観的に見れば、完全にアウトな状況だった。


「にゃあ…」


美咲ちゃんが小さく鳴いた。でも今度は、ただの人間の女の子の声にしか聞こえなかった。


「もう猫の鳴き声は聞こえないの?」彼女が僕を見上げる。


僕は何も答えられなかった。

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