【今度の彼女は嫉妬深い?】

ようやく落ち着いた二人は顔を見合わせ微笑んだ。



「美しいお嬢さん。貴女のお名前を教えて頂けませんか?」



「ハウエルよ。シルビア・ハウエル。」



「おかえり、シルビア。」



「ただいま、シャスタ。ね、つけてくれる?」



ネックレスからリングを外してシャスタに渡す。



「了解。これで私達は夫婦です。」



二人の薬指にお揃いのリングが戻った。



「じゃあ、誓いのキスね!」



再び口づけを交わす。



「ねえ……、まだキスするの?」



待ちくたびれたソフィアが呆れて言う。



「するわ。」



「しますよ。」



笑って答えて二人はキスに戻る。



「もう……。こんな所でメイクラブしちゃわないでよ?」



今にもやっちゃいそうな勢いに、ため息をついて注意した。

それを聞いた二人がキスをやめてソフィアを見る。



「な、何?」



二人の顔は叱る時の顔。

20年前を最後に見る事のなかった顔だ。



「この子ったら……。親に向かって何てこと言うのかしら。」



「はしたない言葉を使って……。これはお仕置きですね。」



じりじりと歩み寄る二人。



「やだ、やめてよ、この歳でお仕置きなんて……冗談じゃないわ。」



咄嗟に構えるソフィア。



「あら、私達に勝てると思ってるのかしら。」



「私達は最強ペアなんですよ?覚悟は良いですか?」



ヤバい、やられる!

ソフィアは臨戦態勢をとった。



「まあ!やる気なのね?」



「シルビア、久し振りにやりますか?」



頷くシルビア。

シャスタと共に闘える事が嬉しいのか、満面の笑みを浮かべている。



「パパ、ママ、本気なの!?」



「ええ。行くわよ!」



「行きます!」



両親と対峙するのは初めてだ。


向かい来る二人の動きは優雅でいて隙がない。

何とか応戦はしているが、とても敵わない。

ダンスのような華麗な動きに翻弄される。



「あっ!ちょっ」



シャスタに後ろを取られ、羽交い締めにされた。

前方にはシルビア。

殴られるのを覚悟しギュッと目を瞑る。



「大きくなりましたね。」



「えっ!?」



意外な言葉に目を開けると、母親はにっこり微笑んでいた。



「え?え?」



訳が分からず戸惑うソフィア。



「まだまだね。ハヤトさんの指導は甘かったのかしら。」



「そうですね。実力の半分も出していない私達にも勝てないんですから……。」



あれで本気じゃなかったと……?


一体この二人はどこまで強いのだろう。

それよりこの状況は何なのか……。



「待って待って、どういう事?」



揶揄からかっただけよ。かまって欲しかったんでしょ?」



確かにそうだ。

目の前に両親がいるのに自分はほったらかし。

それが寂しかったのだ。



「顔を見れば分かりますよ。それよりパパはソフィアを抱けて嬉しい……。」



20年ぶりの我が子の温もり。

シャスタは頭を撫でたり頬ずりしたり、まるで幼子のように慈しむ。



「やめてよパパ、恥ずかしいじゃない!」



父親の腕の中は心地良い。

だが36歳の大人がされる事ではない。

それにバトルのせいで人も集まっている。

しかし強靭な父からは逃げられない。


恥ずかしさの限界を越えたソフィアは閃いた。



「ママ!パパ浮気したわよ!」



その言葉にシャスタの動きは止まり、シルビアの顔から微笑みが消えた。

父親の動きが止まった隙に離脱する。



「ソフィア?どうしてそんな嘘を?うわっ!」



シルビアの拳が飛んできた。

辛うじてかわすが次が来る。



「シルビア!落ち着いて!」



だが彼女の攻撃は止まらない。

シャスタは防御のみで応戦する。



「許さない!絶対に許さないわ!」



逆上したシルビアは聞く耳を持たなかった。


彼女の攻撃は凄まじい。

だが、怒りに任せた攻撃には隙があった。


右の拳を躱し、左腕で挟む。

右を封じられた彼女は左で撃つ。

だが、それも封じられた。


身動きが取れなくなった彼女の力が抜ける。



シルビアの腕を放し、彼女の頬にそっと触れる。

その触れた手が涙に濡れた。

彼女は大粒の涙を流し、肩を震わせていた。



「酷いわ……。私を裏切るなんて……。」



シャスタはため息をつき、俯く彼女の頭にキスを落とした。



「シルビア……。私はこの20年間ずっと車だったんですよ?」



ハッとしてシャスタの顔を見る。

そうだ……そうだった……。



「ごめんなさい、ママ……。パパから逃げる為に嘘をついたの……。」



「じゃあ……浮気は……」



「出来るはずないでしょう?例え人の姿をしてたって……貴女を裏切る事なんてしませんよ。」



「ほんとに……?」



「ええ。私が愛しているのは貴女だけです。」



そう言ってシャスタがキスをした。

そのまま抱き締められていたシルビアがソフィアに言う。



「後でお仕置きよ。覚悟してなさい。」



だがその表情は穏やかだった。

シャスタの腕の中にいる事が幸せなのだろう。



「今度の貴女は嫉妬深そうですね。」



「ん~、そうかも。嫉妬深い女は嫌い?」



「いいえ、望むところです。それにお互い様でしょ?」



「そうね。貴方も嫉妬深いものね。」



そう言って二人は笑い合う。



「パパ!ママ!早く帰りましょ!みんな待ってるわ!」



先に車に戻ったソフィアが窓を開けて叫んだ。



「ええ!今行くわ!」



返事をし、二人は寄り添って車に向かう。



「シルビア、帰ったら寝技で勝負ですよ。」



「シャスタったら……。今度こそ負けないわよ……。」



そしてキスをする。


それを見たソフィアは「またか」とため息をついていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る