第12話 黒き影のプレリュード(友人たちとの賑やか道中編)

 フィーリアとの甘い(そして周囲に生暖かく見守られる)同居生活がすっかり板につき、俺の心も穏やかな日々を送っていたある日のこと。

 学園から数名の優秀な生徒に対し、王宮で開かれる隣国エルミート王国からの親善使節団との小規模な交流会への参加要請があった。


 メンバーに選ばれたのは俺、フィーリア、エドワード王子、アイザック、そしてセシリア嬢。またしてもいつもの面子だ。この組み合わせ、デジャヴュしか感じない。


「エルミート王国か。かの国の王子は、なかなかの切れ者だと聞く。アステルハルト王国の未来を担う若人の優秀さを見せつけてやろうじゃないか。(そして、アルフレッドがフィーリアの前でどんな顔をするか、じっくり観察するのも一興だ。できれば一字一句記録したいものだ)」


 エドワードは、いつもの爽やかな笑顔の裏に黒い下心を隠し持ちながら、どこか楽しげだ。


「エルミート王国との交流は、異なる文化様式及び学術的アプローチを比較検討する絶好の機会だね。特にクリストファー王子の思考様式は、従来の権力者タイプとは異なるというデータもある。実に分析のしがいがあるよ。(もちろん、君たちの人間関係の進展も重要な観察対象だ)」


 アイザックは既に複数の調査資料を携え、眼鏡の奥の瞳を研究者のそれでキラリと光らせている。もはや学生というより学者だ。


 フィーリアは「私なんかがお役に立てるか不安ですけれど、アルフレッド様もご一緒なら、百人力です!」と健気に意気込み、俺の腕をそっと掴んでくる。

 小さな手の温もりと信頼に、俺も少しだけ勇気が湧いてくる。いや、不安の方が大きいが。



 俺? 俺は面倒事が増える予感しかしていなかった。特に「隣国の王子」という単語に、乙女ゲームのイベントレーダーが、最大級の危険信号をガンガン発していたからだ。このフラグは回避したい、絶対!



 王宮へ向かう馬車の中は、それはもう賑やかだった。主にガウェインのおかげで。


「おう、アルフレッド! フィーリア! 今日はお前ら二人をエルミートの王子から守るのが俺の役目だ! なんせ俺は、アステルハルトの盾だからな! ハッハッハ!」


 馬車が揺れるたびに、無駄にポージングを決めるガウェイン。隣に座っていたセシリア嬢が、勢いに押されて少し困ったように微笑んでいる。


「ガウェイン。君のその自信は素晴らしいが、エルミートの王子が物理的に襲い掛かってくるとは限らないぞ。もっとこう、言葉巧みな外交術や罠を仕掛けてくる可能性もある。そういうのは君の苦手分野だろう?」


 エドワードが、ガウェインの単純さを的確に指摘して笑いをこらえている。


「な、なんだとエドワード! 俺だって言葉のナイフくらい跳ね返してみせるぜ! 『その理屈はおかしい!』とか『それは男らしくないぞ!』ってな!」


 ガウェインの反論はだいたい力押しだ。けど、時に単純さが最大の武器になることも、俺たちは知っている。


 アイザックは、そんな彼らのやり取りを冷静に記録しながら、

「興味深いね。ガウェイン君の『論点ずらし』と『感情論への訴えかけ』は、一定の状況下では相手の思考を混乱させ、有効な撹乱戦術となり得る。ただし、クリストファー王子のようなタイプには逆効果の可能性も高い。やはりここはエドワード君の交渉術と、フィーリア嬢の無垢なるカリスマ性に期待するべきか。アルフレッド君は……まぁ、いざとなったら物理的障壁として期待しているよ」

 と、俺を完全に盾扱い。おい、少しは俺の知性にも期待してくれ。



 フィーリアはそんな俺たちの会話を微笑ましそうに聞いていたが、ふと何かを思い出したように、小さなバスケットを取り出した。


「あの、皆さん。王宮に着くまで少し時間がありますし、私が作ったお菓子でもいかがですか? クリスタルクッキーと、あとこれは、希望のハーブティーです!」


 バスケットの中には、キラキラと光る透明な飴細工のようなクッキーと、なぜか七色に輝く謎の液体が入った水筒。


「おぉ、フィーリアの手作りか! うまそうだぜ!」


 真っ先に手を伸ばそうとするガウェイン。


「待てガウェイン。フィーリア嬢、その『希望のハーブティー』とは一体? まさか飲むと本当に希望が湧いてくるとか、そんな都合の良い代物では……いや、彼女ならあり得るか?」


 エドワードは興味深そうに、少し警戒しながら水筒を眺めている。


「はい! 昨夜、色々なハーブを調合していたら偶然虹色に輝き始めて! きっと良いことが起こる前触れだと思って、希望のハーブティーと名付けたんです! 味は……えっと、冒険的かもしれません!」


 フィーリアの笑顔は太陽のようだ。だが、その言葉は地雷原への招待状にしか聞こえない。


 俺とエドワード、アイザックは顔を見合わせ、無言で「誰が飲むか」のアイコンタクトを送り合う。

 結局、犠牲になったのはガウェインだった。


「よし、俺が味見してやる! フィーリアが作ったもんなら、毒でも食ってやるぜ!」


 そう言って希望のハーブティーを豪快に一口飲んだガウェインは、次の瞬間、カッと目を見開き、


「こ、これは……! 口の中に宇宙が広がったようだ……! なんというか、こう……新しい世界の扉が開いた気がするぜ! よし、これで今日の俺は無敵だ!」


 と、目をキラキラさせながら意味不明なことを口走り始めた。

 どうやら本当に希望(という名の幻覚)が湧いてきたらしい。もはや一種のバフ効果か。


 クリスタルクッキーは、見た目通り甘くて美味しい普通のクッキーで、俺たちは胸を撫で下ろした。


 そんなこんなで王宮に到着する頃には、ガウェインは「俺は忠義の騎士ガウェイン!」とか言い出しており、俺たちの心には若干の不安と、謎の連帯感が芽生えていた。


 王宮の一室。豪華だがどこか堅苦しい雰囲気の中、俺たちはエルミート王国の使節団と対面した。


 使節団の中心にいたのは、ひときわ目を引く青年だった。

 艶やかな黒髪、切れ長の赤い瞳、そしてどこか影のある美貌。その全身から漂う雰囲気は、エドワード王子の太陽のような輝きとは対照的な、月のような冷ややかさと妖しさを感じさせた。


(こいつ、まさか……『ほしシン』の隠し攻略対象、クリストファー・フォン・エルミートじゃないか!?)


 俺の脳内で、忘れていたゲームの記憶が警鐘を鳴らす。

 原作では特定のルートでしか登場しない、ミステリアスで一筋縄ではいかない王子だったはずだ。なぜこんな普通の(?)交流会にいやがる!?


 先ほどのガウェインの「希望のハーブティー」による奇行のせいで、少し場の緊張感が和んでいた俺の心に、再び冷たいものが走った。


 クリストファー王子の登場で、和やかだった空気は一変する。

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