第2話 どうせ死ぬなら、推しを庇って華麗に散りたい!

 悪役貴族アルフレッドに転生してしまったと自覚してから数日。俺は情報収集と現状分析に努めた。

 まず、ここは間違いなく乙女ゲーム『星降る夜のシンフォニア』の世界だ。


 登場人物も学園の雰囲気も、記憶の中のゲームと寸分違わない。そして悲しいかな、俺はやはり悪役貴族アルフレッド・フォン・バーンシュタインその人だった。くそぅ。



 この数日間、俺なりに破滅フラグ回避の方法を模索した。

 善人プレイ? 無理だ。これまでの悪行が帳消しになるわけがない。そもそも、このアルフレッドという男の性格設定では、急に聖人君子になるのは無理がありすぎる。


 国外逃亡? バーンシュタイン公爵家の力をもってすれば、どこへ逃げようと追手が差し向けられるのは目に見えている。しかもたまに見る、ゲームのシナリオが強制力を持つタイプなら、どうせ何らかの形で破滅イベントに巻き込まれるに違いない。


 俺は自室の豪華なソファに深く沈み込み、ため息をついた。


 もう、どうしようもない。何をどう足掻いたところで、アルフレッドの運命は破滅なのだ。そして俺は愛するフィーリアに蛇蝎のごとく嫌われるのだ。つらい。


(……待てよ?)


 ふと、ある考えが頭をよぎった。

 どうせ破滅する運命なら、その死に様ぐらい、自分で選んでもいいのではないか?


 ゲームのアルフレッドはどのルートでも往生際が悪く、みっともない最後を迎える。断罪イベントで喚き散らしたり、逆上して誰かに襲い掛かろうとして返り討ちにあったり。そんな無様な死に方はごめんだ。



 どうせなら少しでもマシな……いや、どうせなら最高にかっこいい散り方をしたい!

 我が生涯に一片の悔いなし! ……とはまだ言えないが、どうせなら一片の「美学」くらいは残したい。


(そうだ、誰かを庇って死ぬとかどうだ? それも、物語の中心人物である主人公――俺の推し、フィーリア・メイフィールドを!)


 フィーリア。ゲームの主人公。ピンクブロンドの髪に、大きなエメラルドグリーンの瞳を持つ、明るく前向きな少女。健気で、優しくて、芯が強くて、ちょっぴりドジなところがまた可愛い、最高のヒロインだ。

 そんな彼女を、俺が庇って死ぬ。


「嫌な奴だったけど、最後は私を助けてくれた……」


 なんて、フィーリアの記憶の片隅にほんの少しでも良い印象で残れたら……。


 いや、むしろ「アルフレッド様……! どうして私なんかを……!」と涙ながらに抱きしめられたりして……それはそれで最高じゃないか!


(いかんいかん、妄想がすぎる)


 だが悪くないアイデアだ。自己満足かもしれないが、どうせ避けられない破滅なら、推しのために死ねるなんて、ある意味、転生者冥利に尽きるかもしれない。


 少なくとも、みっともなく断罪されて終わるよりはずっとマシだ。どうせわけわからんラノベ展開で転生しちまってるんだ、エンディングくらい俺が脚本を書き換えてやる!


「よし、決めた」


 俺は立ち上がり、窓の外を見た。


 目指すは「フィーリアを庇ってのかっこいい死」!


 そのために俺はアルフレッド・フォン・バーンシュタインを演じ続ける。原作通りに嫌われ者の悪役を。ただし最後の最後だけ、ほんの少しだけシナリオを書き換えるのだ。


 問題はいつ、どこで、どのように死ぬかだ。


 ゲームのシナリオを思い返す。フィーリアが生命の危機に瀕する場面はいくつかあったはずだ。


(確か、学園のカリキュラムの一環で行われるダンジョン攻略……あそこで、強力なボスモンスターが出現するイベントがあったな)


 そのイベントではフィーリアが単独でボスに立ち向かい、絶体絶命のピンチに陥る。そこに颯爽と攻略対象の誰かが助けに来て、好感度を爆上げするという、お約束の展開だ。


 俺もプレイしながら「王子様、ナイスタイミング!」と叫んだものだ。


(あそこだ。あのボスモンスターの一撃を、俺が代わりに受ければいい)


 本来なら攻略対象が美味しいところを持っていく場面。そこに悪役である俺が割り込んで主人公を庇って死ぬ。


 ……うん、最高にドラマチックだ。これぞ冥土の土産。


 問題は、俺の戦闘力だ。

 アルフレッドは魔法も剣術もそれなりにこなすが、攻略対象たちのようなチート級の強さはない。


 むしろ見掛け倒しのポンコツ貴族という印象だ。ボスの一撃をまともに食らえば、まず間違いなく即死だろう。計画にはうってつけだ。


 そのためには、まずフィーリアと接触しなければならない。そして適度に嫌われておく必要がある。

 あまり仲良くなりすぎると、いざという時に庇っても不自然だし、何より悲しませてしまうかもしれないからな。それは本意ではない。


 あくまで「嫌な奴だったけど、最後は……」という、ビターチョコレートのようなほろ苦い感動を演出したい。職人技が求められるな。



 しかし嫌われると言っても、原作アルフレッドのような陰湿な嫌がらせはしたくない。推しにそんなことをするなんてファンとして許せない。

 だが全く何もしなければ、ただの無害なモブ貴族になってしまい、最後の「庇って死ぬ」シーンの感動が薄れてしまう。


(うーん、どうしたものか……そうだ! 表面的にはツンケンして嫌味を言いつつも、どこかフィーリアのことを気にかけているような……いや、それはそれで別のフラグが立ちそうか? 難しいな、悪役道も)


 よし、こうしよう。

 表向きは原作通り傲慢で嫌味な態度を貫く。しかしフィーリアが本当に困っている時には、さりげなく手助けをする(ただしバレないように、恩着せがましくないように)。


 そして普段はフィーリアと口喧嘩するくらいの、ある意味「気になる悪友」的なポジションを目指すのはどうだろうか。


 そうすれば最後のシーンで俺が庇った時、「いつも憎まれ口ばかり叩いていたけど、本当は……」という深みが生まれるかもしれない! 天才か、俺!


「ふっ……悪役らしく、せいぜい絶妙な距離感での嫌がらせに励むとしますか」


 俺は鏡に映る自分の顔、アルフレッドの顔を見て不敵な笑みを浮かべてみせた。どこか吹っ切れたような、それでいて悲壮な覚悟(と下心)を秘めた笑みだった。



 かくして俺の「推しを庇ってかっこよく死ぬため」の悪役(ただし、さじ加減は重要)生活が始まった。


 まずは今日が初対面となるはずの主人公、フィーリア・メイフィールドとのエンカウントだ。


 原作通り思いっきり嫌味な態度で接しつつも……内心では「フィーリアちゃんマジ天使!」と叫び続けることになるだろう。我ながら器用なことをするもんだ。


 すべては華々しく散る、その瞬間のために!

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