激烈! 私立詭弁学園

キャスバル

プロローグ

プロローグ

「うつし世は夢、よるの夢こそまこと」


 これはがわらんの言葉だ。乱歩いわく、海外の作家ふたりの言葉を短くしたものらしい。

 中学三年の夏休み、なんとはなしに足を向けた父のしょさいでふと手に取った乱歩ぜんしゅうの第三十巻に、そういったことが書かれていた。

 わたしいわさきりんは、乱歩のこの言葉が大好きだ。想像力をかき立てられるから。

「倫音が乱歩を好きだなんて誰に似たのやら?」

 父は大企業のやり手幹部めいたふんをムダにただよわせている人だけど、実際にはまったく別の仕事をしている。乱歩の本をりていく娘を見つめ返していた父に、「そこはまさしくお父さんじゃないの。推理小説マニアのお父さん」と答えておいた。

「うれしすぎる返答。だけど、倫音はお母さんだよ」

 くせのない黒髪のボブと、目鼻立ちがはっきりしているところは、たしかにお母さんに似たかも。背はそんなに高くないけど、長い手足や太りにくい体質もお母さん似。ロボットアニメが大好きなところも母からの影響だ。

「お父さんにも似てるって。わたしはお父さんと同じメガネっ子だし、ミステリが好き。最近のやつだけじゃなくててんもね」

「かくもふうざまで、学校のお友だちとはしゅが合うのかな?」

「いまどきのアニメとかも大好きだから大丈夫ですわい」

 それはそうと、このころぐらいからだ。わたしが私立えいがくえんを受験してみようかな、と考えはじめたのは。

 鬼英学園は日本くっの進学校、有力者の子どもたちがたくさん通っている学校だ。将来のコネクション作りのためにわが子を通わせたい親たちが多いってネットには書かれていた。わたしはそんな理由で志望したわけじゃないけどね。

 学校がいけぶくろの旧江戸川乱歩ていに近い――志望理由はそれだけです。

 成績はぎりぎり合格ライン。だけど、けっとうだとかいえがらもひそかに審査されるんですってよ。という時代さくうわさが事実なら、自分なんぞが受かるわけねえよ。旧江戸川乱歩邸を見に行くついでに、軽い気持ちで受験したのだった。そしたらまさかの――。

 合格通知が届いたじゃねえか!

「うおぉぉぉ、天才、ここにばくたんだァァァ!」

「倫音、落ちつけ!」と母に言われた瞬間、わたしはこうふんのあまりしっしんしました。いや、失神はうそだけど、そうなってもおかしくないほどのかいきょだよ、これ。

 ふつうの親なら高級ワインでかんぱいしたあげくの果てに、喜びの感情が爆発しているはずなのに……うちの両親ときたらがらにもなく不安そう。

「倫音は本当に鬼英学園に行くの?」といてきた父だけでなく、母もだまりこんでいる。せきてきに名門校に合格できたってのに、なにこの空気? おかね?

「そら行くでしょ。え、ドッキリとか考えてる? わたし、サプライズ苦手なんだが」

「生まれてこのかた、サプライズなど考えたこともない」

 生まれてこの方は言いすぎだと思うけど、父がそう答えると、母もうなずいていた。

「まっ、しょせんは噂か」

 噂……? ため息をついた父の顔が急に明るくなった。「倫音、合格おめでとう!」

 父が上半身裸になって『ハレれユカイ』をおどりだしたのは、この直後。そこそこマッチョな父がすずみやハルヒになりきって完璧に踊ってみせたのでがくぜんとさせられた。

 だったのだろう。娘を愕然とさせることによって、それまでのしんな発言をうやむやにしたい、というを感じる。

 わたしは小声でうなった。そもそも娘にではなく、父自身に言い聞かせるような言い方だったしさぁ。

「倫音、おめでとっ! あとで倫音の好きな、タヌキのモノマネ、やってあげるね」と言ってくれた母の表情もぎこちない。

「噂って、なんのこと?」

 父は聞こえないふりをして踊りつづけている。母まで一緒になって。

 こんなの、ますます気になるけど、しつこくたずねたところで教えてはくれそうにない雰囲気だ。両親のような笑顔の裏に意図を感じる。娘にはよけいなことは言うまい、という意図を。ふたりが口をることはなさそうだ。

 じゃあ、よね!

 というわけで、ちょっと想像してみたよ。


 そう、実はあれなのだ。鬼英学園のしきないにはなぞの地下めいきゅうが隠されておるのだよ。

 そこにはたいの知れないかいぶつがいて、何年かに一回、こっそり地上に現れては生徒をざんさつしているのだった。

 学校に伝わる謎のもりうたになぞらえて殺されていく生徒たち。首のないクラスメイトの死体。夜な夜な目撃される生徒たちの幽霊。深夜に学校の地下迷宮に閉じこめられた生徒たちは、正体不明の怪物を恐れ、混乱のあまりあせりはじめるのだった。

 手に汗にぎるクローズドサークル。死と危険がせまりくる限界状況。

 数日前に行方不明になった生徒のロッカーからぐうぜん見つかった古い地図を頼りに、秘密の出入り口を探しはじめる一同だったが、そのあいだにまたひとり、またひとりと生徒たちが子守唄になぞらえて殺されていく。

 犯人は――怪物になりすましている者は誰なのか? 

 犯人は担任の若い女性教師だった。おっとり系の美人で、教えているのは主に現代文。優しい先生でヘルシーな和食が大好き、週三でジムにも通っている彼女には、しかし秘密があった。

 イジメで自殺した元教え子の中性的な美少年と過去にきんだんの恋愛関係にあったのだ。

 ふたりはマグマのように熱く愛し合っていた。マグマは地球の地下しんのマントルで生成されています。そのマントルよりも深く愛し合っていた。うらむのは当然だろう。

 どうふくしゅう。自殺に追いこまれた恋人のかたきち。

 よもやあの優しい先生がれいこくさつじんだったなんて!

 動機の告白は、なみぎわが見下ろせるぜっぺきで! 学校の地下迷宮からどうやってそんな場所まで行くのかは謎だが、とにかく彼女は恋人を苦しめた者たちに死のさばきを下し、最期にはがけから身を投げたのだった――みたいなげきが待ち受けている学校だったら、どうしよう?

 わたしこと岩崎倫音は、きゅうてきすみやかに不安になってきた。

 全部想像だけど、そうとでも考えなければ両親の不可解な態度には納得できないよ。昔から嫌な予感だけはよく当たる。本当に当たっていたのか確認したことがないからしんは不明だが(ノリで言ってみたよ)、不安ばかりがつのっていく。


 、こんなくうそうにふけっていられたのは、平和で幸せだった証拠だ。

 というのも……。


 鬼英学園に入学したわたしは、、そこそこ広い空間に立たされている。すりばち状に広がっている座席が、わたしの周りを囲っていた。

 うすわらいを浮かべている人たちでめつくされている観客席……。

 ここはパッと見、つきのテニスきょうじょうめいた場所だった。わたしは、テニスコートっぽいけいじょうとサイズの、いたりになっているエリアのいったんに立たされているのだが、なんでこんなことに!?

 げんそうでありますように、もうそうでありますように、いつものくだらない空想でありますように! と、くり返し念じてみても、こんなときにかぎっておもいっきり現実だぁぁぁ!

「岩崎倫音さん、反論は?」

 が引いていくばかりのわたしに向かって、冷ややかにしゅしんが告げた。

 ふるえているわたしの右手側――もくそくで五メートルほど離れている場所に、横にもたてにも長い大きなつくえがある。高い位置に座席が設けられていた。さいばんかんが座っているほうだんにそっくりだ。

 そこに三人のしんぱんが座っている。中央にいるのが主審で、両どなりがふくしん。主審と副審の言葉からスポーツを連想してしまいがちだけど、ここはほうていじみた場所。審判は三人とも裁判官が着ているほうふくめいた黒いローブを身につけていた。

「反論がないのなら、岩崎さんの罪が確定します。よろしいのですか」

 無感動な声で主審に問われた。よろしくはないけど、反論しろって言われたってさぁ……もうなんにも出てこないよ。

「わたしは、無実なんです。だいたい、おかしいですよ、こんなの!」

「反論になっていませんね」と主審に突き放された。

 まずい、まずいぞ……! このままじゃあ、おいそれと決着がついてしまう!

 わたしは主審から目をそらして真正面を見すえた。十数メートル離れている場所で、いやらしくほくそ笑んでいる人物をにらみつけるために……。

 こんなの! こんなのありえないから! 嘘だ嘘だ嘘だァァ! なにもかも嘘ぉ!

 だけど、ここは――だった。

 べんがくえんなのだから。

 詭弁学園は、知る人ぞ知る鬼英学園のべっしょうらしい。父と母はその噂を知っていたのかもしれない。だから、あんなにも不安そうだったのだ。

「岩崎倫音さん、どうやらあなたにこれ以上の反論は不可能みたいですね。ならば、残念ですが――」

 ごくへ突き落とそうとする主審の声。

 待って待って! 待ってくだせえぇぇ! ――っていうか、マジでおかしいだろうが。とやらが確定しかけている。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう!

 ――すると、このときだった。爆弾が弾けたみたいなごうおんが、はんきのわたしの耳を打ったのは! がんじょうな両開きの木製ドアが大きな音を立てながら、勢いよくひらいていく。

「待ァァて、待て待て待て待て待て待て待て待て待て、待てぇいぃぃ! 詭弁だ、詭弁だ、詭弁だ、詭弁だァァァ! どこもかしこも詭弁がまかり通るぜ!」

 ――あの、彼の声だ!

 わたしがふり向くと、力任せにばされて左右にひらいているドアの中央に、ふうどうどうてんじょうてんゆいどくそんのおごり高ぶったたたずまいで、腕組みまでして彼が立っていた。

「詭弁、詭弁、詭弁、詭弁などと……まったくもって不愉快だ。ならば、それならば、そんなものが、しょせんは詭弁でしかないものが、このおれに通用すると思うなよ!」

 彼は不敵な笑みを浮かべている。

「待たせたなァァ、岩崎倫音ェェェ!」

 彼はおもむろにわたしの横まで来て立ち止まった。

つめくんッ! あ――でも、理爪くんのことを呼んだおぼえはないですぞ」

「岩崎の言うとおりだが、呼んだとか呼んでいないとか、そんなことはどうでもいいんだよ」

 どうでもよくはないだろ。よくはないけど、助かった。……ひとまずは助かったとは思ったけれど、しっかしさぁ、とんでもない学校に来ちゃったよ。

 わたしは彼を――理爪という名の少年を見つめながら、あらためてそう思いましたね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る