第31話
「やあやあ。これは
あぁ、見間違えるはずが無い。彼は、獅子王
実に風格のある姿をしている。学生には似つかわしくないオールバックも、彼の厳つく威厳のある顔付きにはピッタリだ。更に、ラグビーだろうか。それともアメフト? そういった格闘球技で鍛えられたであろうガッチリとした体付きに、理知的な雰囲気まで兼ね備えている。確か、旧財閥の御曹司だそうで、帝王学を発揮するために私立ではなく市立の釣鐘高校へやってきたという。
入学式で彼の堂々たる挨拶を見た時は、恐ろしくも素晴らしい先輩だと思ったものだが。なんというか、彼の影郎君と対峙する表情は、どこか憂鬱で気が重そうだった。
「お前が定例会議に出席しないから久しぶりなんだろうが。今は支援委員も他のメンバーが揃っているのだから、こっちは任せてちゃんと出て来いよ」
「おや、そうでしたか。しかし、僕が生徒会へ所属してこの方、そういった連絡はいただいておりませんよ」
「お前がスマホを見ないからだろうが!! 送ってんだよ!! 俺様直々に!! 毎回!! つーか、なんで見ねぇんだよ!! 高校生なんだからスマホくらい見ろよ!!」
「スマホ……。すみません、獅子王会長。寡聞な僕はそれを存じません。はて、如何なる代物ですかな」
「お前、ふざけんなよマジで。甘夏先輩の一件で、生徒会のグループラインに登録しただろうが。そっから友達登録してんだよ。逃さねぇように」
つまり、個人ラインか。まさか、この人はツンデレか?
「ククッ、相変わらずジョークが通じませんな。確か、三ヶ月前は自室の本棚に置いてあったので、今もそこだと思います。
ところで、笹原副会長。会長殿は、なぜこんなにお怒りになられているのでしょうか。心当たりは?」
すると、後ろに立つスレンダーで華奢で儚げで物憂げで、どこか影郎君に似た冷たい雰囲気と嗜虐心を覚える妖しい女子生徒が静かに笑って首を傾げる。名前でしか存じなかったが、どうやら彼女が、生徒会副会長の笹原
「さぁ、私にも分からないよ。影郎。でも、ひょっとすると、今回の統一試験の結果に何か理由があるのかもね」
「統一試験……。あぁ! なるほど! そう言えば、そんなこともありましたね! すっかり忘れていました! しかし、すみません。僕はランキングに興味がないので確認していないのです。獅子王会長殿は、何位だったのでしょうか。やはり、生徒会長に相応しい順位だったのでしょうな?」
「……二位だよ」
「はい?」
「二位だよ!! 二位ィ!! 二位二位二位二位二位二位ッ!! あんだけやったのにまた二位だ!! あんなに努力したのに、あんなに本気でやったのに……っ!! あんなに、あんなに頑張ったのに二位だったんだよォ!! ガァッッ!! クッソ!! クソったれェェ!!」
「ほう、それはそれは、残念でしたね。では、トップは笹原副会長で?」
ブチッと、血管が切れる音がした。恐ろしいことに、比喩表現ではなくだ。
「殺す!!」
「きゃははっ! 会長、やめてください! みっともないですよっ!?」
「おい! 笹原ぁ! 笑ってるんじゃないぞ!? つーか、どっちの味方なんだお前はぁ!?」
「クックック。いや、申し訳ございませんでした。会長殿に自らご足労いただき、思わずテンションが上がってしまったのです。
「……ふざけやがって。一応、俺は先輩なんだからな」
「それで、依頼ですか。それとも、用事ですかな。ここは手狭ですから、場所を変えますか?」
「用事だ、会議室に来い。さっき連絡したと言っただろう、今は緊急会議中でな。事が事だ。恥を忍んででも、お前の力を借りたい」
「分かりました、手伝いましょう。それでは、希子。おいで」
「はい」
立ち上がると、不意に丈に腕を掴まれた。
「ちょっと待てよ、希子。なんでいつもお前なんだ。ズルいぞ」
「ズルいってなによ、私が指名されたんだから私が行くに決まってんじゃん。痛いから離して」
というか、影郎君が生徒会の緊急会議に参加するだなんて面白過ぎるイベント、見逃すわけにはいかないに決まってる。
「離さねぇ、俺に譲れ」
「嫌よ」
「ねぇ、影郎。あたしじゃダメなの? 今のやりとりだけで、これからクソ面白いことが起きるの確定してるじゃん。見たぁい」
「現状、支援委員の副委員長は希子だ。彼女にしか参加資格がない」
「あぁ、そっかぁ」
「……倉狩君。帰ってきたら、しっかり役職を決めましょうね」
「好きにしたまえ」
そんなわけで、私と影郎君は会長に続いて新教室棟の最上階に位置する生徒会会議室に向かった。知らなかったのだが、ここ新教室棟には一階から特進クラスのある四階、そして五階に止まるエレベーターがついていた。
五階は、生徒会のフロアだ。一般生徒の立ち入りは原則として禁止されている。実務的な施設と部署に休憩スペース。そして、役員用の個室が用意されている特別な区域となっているらしい。
「僕は階段で行きます」
「ふん、好きにしろ」
流石に、既得権益が過ぎるのではないだろうか。私は、ほんのりとこの学校を支配する闇のようなものの片鱗を垣間見たような気がした。
階段を登る途中、影郎君が徐ろに言う。
「嫌な建物だろう?」
「まぁ、私には関係ないよ。ただ、美術と音楽を受けに来るだけのところ」
「僕はとても居心地が悪いね。希子には、どうかこんな格差を嫌っていてほしいものだ」
「んふふ、影郎君は心配性だなぁ」
教えられた通りの様相に驚きながら、私は生徒会会議室へ辿り着く。影郎君が両開きの扉をギィと開けると、中にいた生徒会役員たちは一斉にこちらを見たが、すぐに「あっ」という恐れを抱いた顔になり、発言者へ視線を戻した。
この男、私の入学前に何をしたのだろう。そして、生徒会本部が影郎君を恐れることとなった過去の一件へ絡んでいるであろう、甘夏先輩とは一体……。
「……話を続けます。そこで、私は校則の改正を提案します。十人の出馬など、学校中がパニックになるに違いありません。不本意ながら投票権を持っている低能のバカどもが、祭りと勘違いして乱痴気騒ぎを起こすのが目に見えていますからね。
ならば、選挙という制度自体を取りやめるべきなのです。今まで、生徒会長を決める選挙など行われたことがないのですから、無くていいというのが当然でしょう。
そもそも、学力という唯一無二の評価基準を欠いて決められた生徒会長に、一体何の価値があるというのでしょうか。会長は、最も優れているからこそ会長なのです。それを覆すことは、生徒会の存在そのものを根底から覆す事態になりかねません。如何ですか? 獅子王会長」
質問を投げられた会長はバツの悪そうな表情を浮かべ、役員たちに見比べられる影郎君は用意された席に座ると張り付けたような見下しの笑顔で役員たちの視線に挨拶をする。
膠着状態の中、低脳のバカの一人である私は影郎君に「ヤバそうだね」と耳打ちすると、彼は目に青白い炎を燃やしながら「そんなことはないよ」と呟いた。
「そもそも、倉狩影郎さん。あなたの責任感の無さはなんなのですか? この状況は、あなたが生徒会長へ就任しないから起きているのですよ?」
先ほどの役員とは別、更に上座に座る男子生徒が強く言う。
「会議に途中から現れた人間へ、いきなり質問を投げるのは頂けませんな。
そして、私たちは、この会議の議題が生徒会長選挙を不安視するものであること、選挙におけるパニックが懸念されていること、影郎君が生徒会長に就任しないことで起きていることについて話を聞いた。
「つまり、僕のせいであると言いたいわけですな」
「ハッキリ申し上げますが、その通りです。あなたは、それほどの実力を有しているにも関わらず責任を果たしていない。大いなる力には大いなる責任が伴うのです。今回の統一試験でも一位だったあなたの学園生活は、逃避行と言わざるを得ません」
「そこまで言うのであれば、生徒会長を引き受けても構いませんよ」
「え!? ほ、本当ですか? 倉狩さん」
「待て!! 迂闊なことを――」
獅子王会長の叫びも虚しく、影郎君は蓮沼先輩の元へ歩き出す。私は、影郎君をよく知る者として「あぁ、やってしまったな」と、あの総務委員長さんに軽く同情していた。
「それでは、まずは現生徒会を解散します。あなたたちは一人残らずクビです。一般生徒を『低能のバカ』などと呼ぶ不届き者たちに学園を支配する権利は与えられません。今すぐ、この会議室から出て行ってください」
「「「え……っ?」」」
その場にいる、総勢二十名ほどの役員たち全員が声を合わせてお尻を浮かせた。「だから気を付けていたのに」。そう呟いて頭を抱える獅子王会長が、この上なく不憫で仕方なかった。
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