第28話
後日談。もとい、翌日の放課後。
今日の活動は、影郎君の不在もあり平和そのものであった。依頼人も現れていない。昨日の狂乱が嘘のような静けさが、なんだかとても心地いい。
「そういえば、由亜さんはちゃんと由依先輩に謝れたみたいですよ。さっき、廊下ですれ違った時に聞きました」
「そう。つまり、ハーレムは本当に崩壊したのね」
「まぁ、恋してる男が女性恐怖症だったら、好きとか嫌い以前に申し訳なさが勝ってしまっても不思議ではありません。ぎこちなく一緒にいるよりは、自然な距離感を掴むまで離れておく方が互いの為になると踏んだのでしょう。
それに、由依さんが走る姿を見れば、八神先輩や他のヒロインたちのマインドもいい方向へ進んで、いつかは好きなことを持ち寄って楽しめる仲間になれるかもしれません」
「最後のは、お前の願望だろ」
「そうだけど、別にいいじゃん。なんか文句あんの?」
「……ねぇけどよ。ただ、あそこまでやらなきゃいけなかったのかって思っただけだ」
「いいこと? 丈。女はね、男のことをダサくてみっともなくてカッコ悪いと思った時に嫌うんじゃないの。裏切られたと実感した時に、自分でその男の見方を変えるのよ。確かに、倉狩君のやり方は褒められたものではなかったけれど、他の方法で由依さんを取り戻すのが難しかったのも確かだわ」
「つまり、八神
「そうね」
月乃さんは、とても悔しそうだった。
推理が間違っていたことを、気にしているのだろうか。或いは、自分がもっといい解決方法を見つけられなかったことを後悔しているのかもしれない。
ただ、それだけのことで、私は影郎君が少しだけでも救われているんじゃないかと思った。
「お疲れさま」
幾ばくかの静寂の後、扉がガラリと開かれた。そこにいたのは、他の誰でもない影郎君であった。
「あれ、影郎君。夢島先輩とのデートは終わったんですか?」
「半日も付き合えば、ローマ史の復習くらい終わるさ。それに、彼女には何か緊急の用事が入ったみたいだからね」
「なるほど。そうやって先輩に教えることで、自分も三年生の内容を勉強しているということね。一体、いつ学習しているのか気になってたところだわ」
「ご明察だよ、伊織君。チョコレートをあげよう、おいしいよ」
月乃さんは、影郎君が口元に差し出したチョコレートを上目遣いで睨みながら頬張った。
「へぇ、ふらはりふん」
「食べてからにしなさい」
「……んっ。ねぇ、倉狩君。支援委員会に一つ、ルールを追加しましょう」
「どんな?」
「すなわち、支援のために害した者は支援しない。あなたの正義論では、支援委員会によって立場を虐げられた者がここへ訪れた場合でも平等に救わなければならないでしょう。そんなのは、あまりにも人道から逸脱しているわ。流石に看過出来ない。イタチごっこになるのも避けたいの。どうかお願い、私の言うことを聞いて」
月乃さんの主張は尤もだった。人助けのマッチポンプだなんて、あまりにもグロテスクで目も当てられない。
「……いいよ、分かった。ただし、断るのはイタチごっこになるパターンだけだよ。その限りでない場合、僕らは当該する対象へも支援を実行する。それが妥協点だ」
「……えぇ、分かったわ。確かに、敗者の正義に徹する以上、人で選んで断ってしまうのはいけないわね」
「どうもありがとう、伊織君」
それから、影郎君はサウジアラビアの観光ブックを鞄の中から取り出し、いつも通りボンヤリと眺め始めた。いよいよ、彼の疑似世界旅行中東編も佳境のようだ。
「ちゃお!」
またしても扉が開かれる。その大きな音に驚いて振り返ってみると、そこには髪の毛をすっかりピンクアッシュに染めた由亜さんが立っていた。肌がまだほんのり焼けているため、どことなくエキゾチックな雰囲気だ。
表情が明るい。見ていると、ずっと「いいことがあった!」と宣言されているような気がして、ほっこりする気持ちになった。
「やぁ、由亜。また困りごとかい?」
「違ぁう。あたしさ、支援委員に入ろうと思って。いい考えでしょ? 褒めていいよ?」
なんとなく、そう言うと思っていた。若輩ながら経験を積む機会に恵まれたお陰で、私の直感も鍛えられているようだ。
「……キミたちは揃いも揃って。なぜ、正規の手順を踏もうとしないんだ」
「それがさぁ、由依に『また由亜に依存し過ぎると困るから、大人になるまで適度に距離をとろうね』とか言われちゃってさぁ。なんか、時間余っちゃったんだよねぇ。だから、あたしも人助けしたいなぁって。そしたら、見識が広がってあたしのシスコンも少し緩和されるだろうし、戸上姉妹は互いにハッピー! みたいな?」
「それは、僕の質問の回答として機能しているのかい?」
「でも、あたしって使えるじゃん。敗者の正義なんて、あたしの特技にめっちゃ御誂え向きじゃん。それに、暗部には汚い手段が必要でしょう? 今回みたいなダーティな現場もあるわけでしょ? そこで、華麗なる由亜ちゃんの登場ですよ。パンパカパーン! あっという間に解決しちゃった! ほら、影郎。あたしのことが欲しくなってきたんじゃなぁい?」
「人手は足りてるよ」
「連れないこと言わないでさぁ、こっそり仲間に入れてよぉ」
「ダメ、正式な方法で来なさい」
「はぁ!? うっざ! 下手に出てればいい気になりやがって! じゃあ勝手に入るからいい! 月乃ちゃん、推薦状はどこ!?」
「そこの棚よ、あと一枚だけストックがあるはず」
「こらこら」
「あんた、一宮丈だっけ!? 影郎を抑えといて!」
「うっす」
「え、キミもかい?」
一宮を見た影郎君は一瞬だけ驚いて、すぐに諦めたように笑った。
「すんません。今回は、こっちについた方が面白そうなんで」
ニヤニヤしながら、実に楽しそうに影郎君を羽交い締めにする一宮。筋骨隆々の肉体から放たれる驚異的なパワーに捉えられては、幾ら頭が良くたって何の意味もない。私が考え得る限り、影郎君にとって最悪の相手とは一宮を置いて他に存在しないのだ。
「希子ちゃんは指! 拇印押すから!」
「任せてください」
もしかすると、月乃さんと一宮には分かっていたのかもしれない。支援室へ入ってきた時から、影郎君がいつもより暗く落ち込んでいるということを。だから、こうして揉みくちゃにして、全部を有耶無耶にしてしまおうと考えたのだとすれば――。
「……んふふ」
そう思うと、私は心から嬉しくなった。
「はい! 推薦状ゲット! これで、あたしも正式な支援委員だ!」
「まったく、キミたちには敵わないな」
「ふふん。それじゃ、改めてよろしく。戸上由亜、得意技は騙すことっ!」
そう言って、由亜さんは猫のように大きな目を片方だけパチリと閉じ、慣れているであろうウィンクで私たちに挨拶をした。着崩した制服に、アクセサリーで彩られた派手で妖しい彼女独特の雰囲気は、昨日までの姿とは打って変わって華やかだ。
これは、騙される男子も多いだろうなと、私は密かに思った。
「さて、お茶を淹れようか。由亜、キミはどっちのカップがいい?」
「こっちに決まってるでしょ? 早くしてよ、影郎」
こうして、ようやく五つ目のカップに紅茶が注がれた。
私たち四人がカップを持って乾杯の合図をすると、影郎君は照れくさそうに笑ってから、ぎこちなくゆっくりとカップを持ち上げた。
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