第二章 吸血鬼といえば…
黒野青也は高校生だった。それも二年の冬。父親の跡を継ぐという期待をされていたため、昔から勉強漬けの毎日だった。このままいけば、有名な国立大学には進学できる。だから、特に将来を心配するようなこともなかった。 父親は多忙で、毎日、どこかしらと打ち合わせやらなんやらで帰ってくるのが遅い。だから、夕方のこの時間は、青也とお手伝いが一人だった。そこに、最近嵯峨野が加わった感じだった。
「おはようございます。青也さん」
「ああ、ただいま」
玄関で嵯峨野が出迎えてくれた。吸血鬼はやはり昼夜逆転の生活を送るらしく。おかえりなさい、ではなくおはようございますという挨拶も人に慣れていない、というところを感じさせる。
青也も最初は気になっていたが、もう三回目となると慣れてきた。どうせ注意しなくても、こんなやつとはかかわらなければいい。そう感じていたからだ。
自室に戻り、勉強を始める。勉強なんて、一時間もすれば十分だ。後継ぎとはいえ、とりあえずは大学に入学さえできればいい。その後に何かをしたいなんて欲も考えもなかった。だから、スポーツや部活にも興味なんてなかった。
勉強を終えてリビングへ向かう。母親は早い頃に亡くなったらしく、記憶はない。いつもお手伝いさんが作ってくれたものを食べる。そそして、食卓は一人だ。兄弟もいない。小学生の頃には、もうこういったライフスタイルになっていた。
だが……今日はそれが違った。あの自称吸血鬼さんがいたからだ。
「あの……今日は、人間の食事。作ってもらったんです。私もご一緒して……いいですか?」
「……どうぞ」
人間の食事? どうも引っかかる言い回しを聞きながら、一緒にご飯を食べる。栄養バランスの考えられたごはん。薄くもなく濃くもなく、おいしい食事。それを一緒に食べる。
ふと、目の前に目をやる。向かいに座っている少女は、フォークとスプーンでご飯を食べていた。味噌汁を飲んでは「あつっ」と言ったり、フォークでご飯を掬って食べたりと、食事にはなれていない様子だった。
少女よりも少し早くご飯を食べ終えて、「ごちそうさま」と手を合わせる。食器はお手伝いさんが片付けてくれるので、そのままにしていた。
自室に戻り、パソコンを立ち上げる。どちらかといえば、ゲームのほうが好きだ。学校にも友達がいない訳ではない。しかし、知らない人がどういう行動を取るのか、そういったものを見る方が好きだった。それで負けたとしても……ストレスなんて、たまることはない。
ふいにコンコンと、ドアをノックする音が聞こえた。
「……入っていいぞ」
「ありがとうございます」
最初は無断で部屋に入ってきたが、一回注意したらその後はノックするようになった。
青也も暇だが、嵯峨野も暇なのだろう。なにもすることがないので、喋るようなことがなくても、とりあえずここへ来る。
彼女はチョーカー――というより、首輪がつけられている。後ろ側には小さな南京錠が着けられており、自分では外せないようになっている。
「……」
それにちらっと目をやるが、特別に興味はなかった。黒野透という人物は、何をもってこの少女を拾ってきたのか。少し気持ちの悪い考えも頭の中に走るが、そんなことはすぐに追い出した。
「あの、吸血鬼って初めて見ますか?」
「ええ。実は、こっそり生きているんですよ。人間の知らないところで。ひっそりと。……私の友達もいるんですけど、またいつかご紹介させてもらえたらと思っています。私……黒野様の元で働いていたんですけど、失敗してしまいまして。いろいろな情報を握っているので、ここに匿われることになりました。本当は殺されてもおかしくはなかったんですけど、黒野様に不利になる情報だけでなく、いろいろな情報を握っているものでして。ですので、生かされることになりました。……私は、透様から生きる許可をくださっただけの存在なんです」
「……で、それで?」
「……私、ここで何もやることがないんです。この家から出られることもないですし。だから、私にできることがあれば、なんでもお伝えください。……恥ずかしいですけど、私でよければ、夜の相手だってできます」
「ごめん。そういうことに興味ない。けどなにか物を運んでほしいとか、そういうことがあったら、いつでもいうよ。だから、今日はもう帰った、帰った」
「ありがとうございます」
だが、ここで青也の中で、一つ聞きたいことが出てきた。
「やっぱりごめん。それじゃ、聞いてみていい? 吸血鬼って、人間の血を飲んだりするの? 昼はダメなの?」
「はい。人間の血しか栄養にできないです。それは、透様から頂いています。それと、日光はダメです。一〇分くらいで焼け死んでしまいます。だから、夜にしか生きられません。……仕事を教えていただいたので、透様の持ち帰られた仕事をしたりしています。ですので、今は何もやることがなくて暇だ、なんてことはありません」
「そうなんだね。ありがとう。……今日は一人にしてほしいから、また明日ね」
「わかりました。ありがとうございます。お邪魔しました。……あ、さっきの食事、おいしかったです」
帰っていった嵯峨野の表情は、少し嬉しそうだった。
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