調査報告書 第8号

▶件名:B定食の食券

場所:社員食堂

概要:

社員食堂の券売機で、「存在しないメニュー」の食券が発券されるという報告が稀に寄せられている。

多くは「聞き間違い」「押し間違い」として処理され、実害もないため、社内でもちょっとした話のタネ程度で受け止められていた。


しかし、その中でも「B定食」と記された食券に関しては、他とは明らかに異なる扱いを受けている。


この“B定食の券”を発券・持参した社員は、その後、業務上の深刻なトラブルや判断ミスに見舞われたとする報告が複数存在する。


・複数の契約書に不備を出し、得意先を失った営業部社員

・誤発注により数百万円規模の損害を出した購買課職員

・プレゼン当日に資料データが消失したという開発部の中堅社員


など、いずれも本人が

「なぜあの日に限ってこんなミスを?」と首を傾げるような事例が続いている。


現時点でB定食のボタンが券売機に存在したことを確認した者はおらず、券そのものも発行記録に残らない。

ただし「手元に確かにあった」「ポケットに入れていた」「上司に見せた」との証言は共通しており、確かに“あった”とされる。


社内では非公式ながら、

「B定食を見たら、絶対に買うな」

という警告がごく一部の社員間で囁かれている。


■証言:営業部・赤羽 悠介(仮名)


正直、最初はただの都市伝説くらいに思ってました。

「存在しない食券が出ることがある」って、同期の連中が言ってたんです。

で、ある日の昼休み、何となく券売機を見たら、“B定食”ってボタンがあって。

押したら、本当に出たんですよ、食券。印字もしっかりしてて。


でも、カウンターで食券を差し出した瞬間、スタッフの女性が一瞬だけ固まって、

それからゆっくりと顔を上げて、すごく淡々とした声で言いました。


「……そのメニューはありません」


「え? でも、券売機に──」


「ありません」


それ以上、何も言わせない感じでした。

**突き放すでもなく、怒るでもなく、ただ“拒絶する”**ような空気。

食券は静かに返されて、それを受け取るとき、その人の目がほんの一瞬、哀れんでいるように見えたんです。

……まるで、“見送られてる”みたいな。


その翌日。

俺は契約更新の大口案件で、桁をひとつ間違えて取引先に出しちゃった。

当然、契約破棄。部内は炎上状態。課長にこっぴどく怒鳴られて、正直、自分でも「なんであんな初歩的なミスを……?」って頭が真っ白でした。


それから数日後の飲み会で、軽い気持ちでその話をしたんです。

「そういえば、“B定食”買っちゃってさ」って。


……場が、一瞬で静かになりました。

課長が俺を見て、ただ一言だけ言ったんです。


「……二度と買うな」


その言い方が……説明じゃなくて、“通告”だった。

他の誰も、何もフォローしなかったけど、俺の隣にいた先輩が、小さく息を吐いて、ただ静かにグラスを傾けてた。

あの人、たぶん知ってるんですよ。“B定食”が本当にヤバいってことを。

それ以来、食券買うときに妙に緊張してます。

今は……あのボタン、見えてないです。多分、もう出てこないと思います。




■担当者所感:


「B定食」に関する現象は、過去に複数回確認されており、食券の発行実績があるにも関わらず、券売機上に該当メニューが存在しないという点で特異である。

調査時点では、券売機の操作記録・機器本体に異常はなく、機種を変更した後も同様の現象が報告されている。


提示時に食堂スタッフが無言で対応を打ち切るケースが複数確認されており、社内では「買ってはいけないもの」として暗黙の了解が広がっているようだ。

また、該当食券を所持した社員に業務上の重大なミスが発生する例もあり、単なる噂として片付けられない側面を持つ。


発生条件や起源は不明だが、“見えた者だけが押してしまう”という奇妙な一致も見られ、今後も経過観察と注意喚起が必要とされる。

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