第23話


 過去は過去でしかない。今が大切だ。


 でもその過去があるから今の自分がある。


 父に引き取られて、苦しい生活をしてきたからこそ、川島くんと出会えた。


 大学生にもなれて、友達もできた。


 ネットでもマンガの投稿ができて、あの時からは想像できなかった現在がある。


 父の行方が分からなくなってから、借金とりに追いかけられることもなくなった。



 だからこういう怖い人を相手にするのは久しぶりだ。



「嬢ちゃんよぉ? 今、ぶつかったよなぁ?」


「……すみませんでした」


「腕が折れたんだよなー。どうしてくれる?」



 避けたのにぶつかってきたのは相手の方なのに。


 だけどそんなのも通用しないよね。


 今日はバイトも休みだから、少し遠回りをして家に帰ろうと思っただけなのに。


 ついてないな…。



「なあ嬢ちゃんよ!? 聞いてんのか?!」


「すみませんでした…」


「すみませんじゃなくて、コレ、出せな?」



 手でお金を表現され、バッグの持ち手を握る力が強まった。



 どうしたらいいものか。


 どうしたら…。



「何してんだ?」



 一歩後ずさったとき、背中が誰かに当たる感覚と、聞き覚えのある声がした。


 ゆっくりと上を向けば、サングラスをかける川島くんがいる。



「かわ…」



 川島くんの手に口をふさがれて、声をのみこんだ。



「あんた、この女の男か? ぶつかってきたせいで腕がよぉ……」


「病院、行くか?」


「そりゃあいくわ! でもそのための金をだな…」


「連れてってやるよ。治療費も出してやる」


「一人で行けるっつうの! その前に金を…!」


「あぁ…、でもそのためにも折らなきゃいけないな」



 川島くんは低い声を出して、私の背後から男へと手を伸ばす。


 男の腕を川島くんはつかみ上げ、ギリギリと握った。



「いでででっ! 何すんだよ!? ヤメロ!」


「折らないと治療費出せないだろ?」


「いらねえ! いらねえからやめろ! 悪かった! 悪かったからやめてください!」



 男の声に川島くんは手を離す。


 その瞬間に男は走りだし、私たちの元から離れて行った。


 背後から離れたぬくもりに振り向けば、川島くんが背中を向けて歩き出している。



「川島くん!」



 名前を呼んで足を向けたとき、川島くんが足を止めて振り向いた。



「外でその名で呼ぶな」


「え…?」


「じゃあな。気を付けて帰れよ」



 そう言い残して離れる川島くんがどこか寂しそうで…。



「華月くん!」



 そう声をあげて走りだせば、川島くんが驚いたように振り向いた。



「お前、今…」


「華月くん、ありがとう。まだお礼、言ってなかったから」


「……」


「……名前で呼んじゃ、ダメかな?」


「………」


「華月くん…?」



 華月くんは口元を手で覆いながら視線を逸らす。


 サングラスの下で表情は見えず、首を傾げれば華月くんはため息をついた。



「……好きにしろ」


「ッ…ありがとう!」


「……じゃあな」


「ね、今日お仕事とかってお休みなの? お休みだったら…」


「暇じゃない」


「うっ…」


「お前ん家まで送ってやるくらいならできる」


「ほんと!? ありがとう!」



 川島くん…じゃなくて、華月くんはやっぱり優しい。


 どうして名字がダメなのかはわからないけど、名前を呼べて私は幸せだ。


 ついてないなって思ってたけど、いいこともあってよかった。


 やっぱり川島くんは優しい。

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