第二章『隠されたオーディション』(01)

「ごめんなさい。わたし、もう決めてるの。亮太と、ペアになりたいって」

 瑚都の返答は、はっきりとした声で空間に響いた。場が一瞬静まり返る。

 Mayumiはその沈黙を破るように笑った。だが、その笑みには少しだけ鋭さが宿っていた。

「……そう。なら、せいぜい後悔しないようにね」

 冷えた声を残し、Mayumiは客席へと戻っていく。

 瑚都は短く息を吸い込み、亮太の方を見た。

「ねえ、亮太。わたしと、正式に組んでくれない?」

「……俺でいいのか? さっきの二人の演奏、かなり完成されてたぞ」

「確かにあの二人は上手。でも、“響いてなかった”」

 その一言が、亮太の胸に刺さった。

「わたし、亮太のドローンの音、ちゃんと感じたよ。響いたの。あれはただの技術じゃない。共鳴だった」

 言葉にした瞬間、自分の中の迷いが晴れていくのを瑚都は感じた。

 彼の無骨な動きと静かな観察眼。その裏にある、音を大切にする真摯さ。

 それは、舞台の上で自己主張をするPushとは違う温度を持っていた。

「……共鳴ってのは、たぶん、理屈じゃなくて現象なんだろうな」

 亮太は小さく笑った。

「じゃあ、やってみようか。俺たちの音が、どこまで届くか」

 教師陣の一人がマイク越しに声を発した。

「次、瑚都・亮太ペア。ステージへ」

 緊張の糸が張りつめる。ホール全体が、二人に注目しているのが分かった。

「準備はいい?」

「ドローン、反響モード待機……瑚都、お前がキーを取れ。俺はそれに合わせる」

「了解」

 模擬〈ノイズ〉が出現する。金属のような反響音を伴ってホールの中央に浮かぶ黒球。さっきよりもやや大きい。

「いくよ——」

 瑚都が一音、低く響かせると同時に、亮太のドローンが空中へ放たれた。

 歌声に呼応するように反響音が跳ね返り、空間全体が“膨らんだ”ように感じられる。

「上げる!」

 瑚都の声が高く、澄み渡る。高域を旋律の軸に据えながら、音階を段階的に上昇させ、ドローンがその音波に変調をかけて包み込む。

「強すぎると跳ね返る、落とす!」

 亮太の声と同時に、ドローンが急角度で側面に移動し、反響位置をシフト。角度を変えることで、音圧の集中点を模擬〈ノイズ〉のコアに誘導した。

 その刹那、瑚都が深く息を吸い込み——

「――っ!!」

 全身から絞り出すような一声が、空気を切り裂いた。まるで大気が彼女の音に跪いたように、模擬体が震える。

 そして、沈黙。

 次の瞬間、〈ノイズ〉がふっと掻き消えるように消失した。

 ……誰かが、ゆっくりと拍手を始めた。

 それはやがて、共鳴ホール全体に広がっていく。控えめに、しかし確かに、賞賛の音だった。

「……よくやったな」

「うん……やった」

 ステージを降りた亮太に、瑚都がそっと笑いかける。

 そこに、教師のひとりが静かに近づいてきた。

「大森亮太くん、瀬名瑚都さん。おめでとうございます。適性試験、正式に合格です。以後、君たちはCP制度下の正式な“共鳴ペア”と認定されます」

 その言葉を聞いたとき、亮太は初めて、この学園での自分の“立ち位置”が定まった気がした。

 音を操る異能学園。

 それは単なる学校ではなく、誰かの“声”と“想い”を支える場所。

 そして今、自分はその最前線に立ったのだと。

「これから、よろしくな。俺の“Push”」

「うん。わたしの“Fan”」

 二人の手が、自然と重なった。

 その手から始まる物語は、まだ序章にすぎなかった。

(第二章・完)

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