第38話 蟲毒と屍毒

 凍り付いた森はひんやりしてて気持ちがよかった。でも、そこを抜けるとやっぱり暑い。森の外と比べればいくらかましなんだけど、やっぱり暑いのは苦手なんだ。


「姫は暑くないの?」

「いや、暑い。ただし、私は鍛えているから辛くないが、ティナはどうだ?」

「暑いけど頑張るよ。だって、いっぱい汗をかいたら痩せるって聞いたし」

「程々にしないと体を壊すぞ。辛かったらいつでも休んでいいからな」

「うん。ありがとね」


 むふふ。

 姫は私にだけは優しいんだよね。この、私だけの優越感を満喫できるこの瞬間が大好きなの。


 しばらく歩いていると森の木が途切れて小さい泉が見えてくる。湧き水が絶えないこの泉なんだけど、周囲は何体もの動物の死骸が横たわっていた。腐った肉の臭気が酷い。


「これは酷いわね」

「匂いもすごい」

「そうね」


 エヴェリーナ先生は羊皮紙を広げて地面に置いた。そこには複雑な魔法陣が描かれていたのだが、それが何の魔法陣なのか私にはわからない。


 先生は大きなスプーンを使って泉の水をすくい、魔法陣の中央に垂らして呟いた。「毒の種類を調べよ」と。すると、魔法陣の中央から赤いもやが噴き出し身長が30センチほどの女性の姿となった。その女性は宝飾で彩られた鎧をまとっている。小さいけどものすごく綺麗な人だ。


「エヴェリーナ様。精霊ホーチュニアでございます」

「ご苦労。この毒は何だ?」

「こちらは蟲毒と屍毒でございます」

「蟲毒だと。虫の毒か?」

「はい。虫を使った呪術の一つです。魔法で強い毒を持たせた虫を使います。その毒虫に内蔵を喰われた動物からも同様の蟲毒を放出します。その蟲毒で死亡した動物は腐敗する過程で屍毒を放出します。どちらも強力な毒素をもち、人も動物もわずかな時間で死亡します」

「どう対処すればよいのか?」

「まずは元凶となる虫の排除です。産卵して数が増えないうちに駆除すべきです。毒に犯された動物の死骸は焼却処分が望ましい……」

「分かった。戻って良い」

「では失礼します」


 精霊ホーチュニアは赤いもやとなって魔法陣の中へと戻り、エヴェリーナ先生は魔法陣の書かれた羊皮紙を丸めて筒の中に仕舞った。


「予想通りだ。さあ、ティナの出番だぞ」

「はい。でもどうしたらいいのでしょうか?」

「水に浸かっている状態なので焼き尽くすのは無理がある。つまり、泉ともども凍らせてしまうのが良いだろう。湧き水は絶えないのでいずれ融けてしまうが、後の事は専門の駆除部隊に任せればよい」


 確かに、湧き水に浸かっている動物を焼き尽くすのは難しい。一時的に凍らせて封じ込める方が得策だって事ね。早くしないと毒虫が卵を産んで増えるからね。私、頑張るよ。


 私は腐臭の漂う泉の脇に立ち、吐きそうになるのをこらえて息を吸い込む。 ウルファ姫が私の左手をギュッと握ってくれた。それだけで姫からの応援になるんだ。


 私は雪の結晶と広い雪原をイメージした。そしてふうっと息を吐き出す。


 魔法はイメージだ。自分の持つ魔力と世界に遍在する魔力をイメージとして出力する技術。私の息は白いもやとなって広がっていく。キラキラと光る微細な結晶と共に。


 周囲の木々が白く凍り始めた。次いで揺らいでいた水面と何体もの動物の死骸も白く凍っていく。


「ティナ。遠慮しないで思いっきり凍らせろ」

「わかりました」


 そうだよね。毒虫を泉と一緒に凍らせるんだから、半端な冷気じゃとても足りない。私は更に大きく息を吸い込んでからゆっくりと吐き出した。


 うん。自分でもすごいと思った。

 空気さえ凍らせるような、とんでもない冷凍の息吹が出せたんだ。


 粉雪のような白い粒が周囲を漂い、そして地面も木々も泉の水も白く凍り付いた。今回はさっきの三倍くらいの面積、つまり体育館三つ分くらいの森が凍り付いただろう。


 泉の周囲にいる動物の死骸も真っ白になって凍り付いている。しかし、泉の中央に浮かんでいた大きな牛からビキッと音がした。


 氷が割れる音?

 何でそんな場所から??


 白と赤の氷が弾け飛んで、氷付いた牛の中から何かが飛び出して来た。そいつは毒々しい黄色と黒のまだら模様をした巨大なハチだった。

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