真夏の魔法使い

第36話 湖畔のリゾート

 私たちが通っているラグナリア神聖学園では、夏休みの課外授業としてサバイバル強化合宿という行事がある。


 表向きは〝自然の中で狩猟や採集による自給自足の生活をする〟ことが目的なのだが、実際は自然の中でキャンプを楽しむ〝夏休みのリゾート〟となっている。


 私たちのクラスの合宿場所は、シュトーレン湖の湖畔だった。この湖は魚類や貝類が豊富で、食べ物に困ることはない。しかし、塩水湖なので飲み水は別途用意する必要がある。


 とは言うものの、毎年開催されている行事なので付近の水場情報はちゃんと先輩から引き継がれている。


 私達は大きな飛行船に乗って現地に到着した。担任のエクルースと保健のエヴェリーナ先生から注意事項の説明が終わった後、私たちはテントの設営に入る。他に重要なのは煮炊きするかまど作り。クラスのみんなは五人のグループになってるんだけど、私は何故かウルファ姫と二人きりなのだ。


 その理由は?? ミリア公爵家令嬢のウルファ・ラール・ミリア姫はとにかく気難しいのでクラスメイトは近寄らない。何か不遜な事をして罰を受けるのも怖いみたい。そして私、ティーナ・シルヴェンは先日のやらかしがクラス中に知れ渡ってしまって距離を置かれている。


 先日のやらかしとは……反社的存在の黒竜バズズリアと対決した時、調子に乗った私が倉庫街を完全に凍り付かせちゃった事だ。


 中等部の生徒としては異常に強烈な魔力と、切れたら何をしでかすか分からないって不信感があるから。


 こんなの苛めではと思わなくもないけど、私としてはウルファ姫との二人きりの環境が出来てしまっているので問題はない。姫と二人きりの時間を満喫できるなんて、めっちゃ幸福だよね。ねっ!


「こんな感じでいいかな?」


 大きめの石を組んで窯を作ったウルファ姫が笑顔で首をかしげる。めっちゃ可愛い……。


「大丈夫だと思うよ。薪を拾いながら水場に行こうよ」

「そうだな」


 私たちは地図を見つめながら、先輩たちから聞いていた水場を目指した。日差しの強い昼間なので、全身から汗が噴き出してくる。真夏の暑い時期なのに冬用の体操着なのだ。サバイバルだから長袖長ズボンでなくてはいけない。肌を露出すると虫や蛇などに咬まれてけがをするからなんだけど、やっぱり暑い。


 私たちはのグループは二人なので、テントとかまどの設営に手間取って出遅れた格好になっていた。だからと言って、水場が枯れたりすることはないから気にしていなかった。


 しかし、水場に近づいて異臭が漂っている事に気が付いた。付近ではクラスメイトが水場……湧き水の泉の周囲でざわついていたのだ。


「どうしたの?」

「いや、この湧き水に毒が入れられているみたいなんだ。動物が何匹も死んでいる」


 クラス委員長の青鬼グスタフが説明してくれた。確かに、鹿や狐などの野生動物や何種類かの鳥が死んでいたのだ。この場所の水はもう飲めない。


「どうするの?」

「湖の向こう側に川がある。そこに移動するか、こちら側で別の水場を見つけるかだな」

「向こうまでどの位かかるの?」

「丸一日歩かなければいけないだろう。先生に今回のサバイバル合宿は中止するよう進言しようと思う」


 それはそうだ。グスタフの意見は妥当だと思う。


 私たちは湖畔のテントへと戻った。

 そこでは担任のアイモ・エクルース先生と保健のエヴェリーナ・パーヴォライネン先生が、学級委員長のグスタフと話し込んでいた。


 担任のエクルース先生は体が華奢で頭も真っ白だ。男の人だが年配だし、こういう非常時には頼りない印象がある。対して保健のエヴェリーナ先生は格闘の専門家でもあり、かなり頼りになる。しかも、スタイル抜群で銀色の髪が素敵なスタイル抜群の美女なんだ。ぽっちゃり系の私からすれば、雲の上の尊い存在。本当に綺麗なの。


「ティナ、ティーナ・シルヴェン」


 そのエヴェリーナ先生に呼ばれた。私が何の役に立つのだろうか。


「ティナ。済まないがその辺り、森の入り口に給水所を作りたい」

「はい」


 うん。私は魔法使いだけど、水を出す魔法は使えないよ。


「そう難しい話ではない。その付近を丸ごと凍らせてしまえ」


 わかった!

 森の一部を凍らせて、氷が解けた水を飲み水にしようって案だね。


 私はウルファ姫と一緒に林の入り口へと向かって立ち止まる。


「姫、冷凍魔法は力加減が難しいから手を握ってて」

「ああ、わかった」


 姫が私の左手を握ってくれた。私も彼女の手を握り返す。

 そして大きく息を吸い込んだ後、ふうと息を吐いた。


 私の息は白い氷の結晶を伴って周囲に広がっていく。白いもやが広がり、周囲の木々は凍り付いていった。

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