第二十三章:初めての衝突(01)
午後、陽だまりの差し込む湖光亭の奥座敷。
湯気の立つハーブティーが置かれたテーブルを囲み、想、陽、チェルシーの三人が静かに座っていた。
「話し合い、というより……お互いに“言葉にする時間”と思ってくれて構わない。私はその“間”を保つだけだから」
チェルシーはそう言って、手帳を開いた。
彼女の“聞き役”としての力は、誰かの意見を変えるものではない。
ただ、その人が“自分の言葉”を見つける手助けをすること。
「……最初に、私から言っていい?」
陽の声は、いつもより少し弱かった。
「想と話していると、“前に進むこと”が怖くなくなる。でも……私自身は、まだこの村を守ることに精一杯で、“広げること”が正しいって思い切れなくて」
それは、彼女なりの“責任感”の裏返しだった。
「でも、怖さを理由に変化を止めるのは、本当は“逃げ”かもしれない。……それを想に言われた気がして、悔しかった。だから、怒ったんだと思う」
陽は、自分でも驚いたように少し笑った。
想は、手の中のカップを見つめながら口を開いた。
「俺は、陽さんが大切にしてる“空気の速さ”や“丁寧さ”を、壊さないように気をつけてきたつもりでした。でも……“守る”ことと“進める”ことを同時にやるには、言葉にしていいんだって、今思いました」
ふたりの言葉は、決して相手を否定するものではなかった。
ただ、自分の中にある矛盾や迷いを、“共有する”ためのものだった。
チェルシーは頷きながら、ゆっくりとだけ言った。
「“ぶつかる”って、“切り離す”ことじゃなくて、“揺らし合って気づく”ことだと思うの。想も、陽も、たぶん同じ未来を見てる。ただ、見てる角度が違っただけ」
沈黙が、そっと落ち着いた。
想が、息を吸って言った。
「陽さん。俺、“宿としての湖光亭”を育てていくことで、ここに居る理由をもっと深く持ちたいと思ってます」
陽は静かに答えた。
「私は、“想と一緒に暮らす場所としての湖光亭”を、大切にしたい。でも、それが外とつながっても、私たちの根が変わらなければ、大丈夫って今なら思える」
ふたりの言葉が、ようやく“歩幅”になった。
チェルシーが微笑んでカップを手に取る。
「お互いを“分かろうとする”こと。きっとそれが、“一緒にいる”ってことだよ」
窓の外では、春の風が木の葉を揺らしていた。
ふたりの関係は、ぶつかり合っても壊れないものになりつつあった。
それは、信頼の上に築かれた、静かで強い絆だった。
(→End)
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