第十九章:遠来の旅人(01)
それから数日、木村は湖光亭での生活を通じて、少しずつ落ち着きを取り戻していた。
「この世界、意外と“生活魔法”ってやつが便利なんですね……。マジで、ライター忘れてきてよかったと思いましたよ」
朝の火起こし係を任されながら、木村は苦笑まじりに言った。
康生に教わりながら〈灯り〉の術式を習得したばかりで、火を起こすたびに得意げな顔を見せるのが、最近の朝の定番だった。
想はというと、通訳として同行しながら、木村が村人たちと交流を重ねていく様子を見守っていた。
「なあ、この薪、どっち向きに積めば乾くんだ?」
「薪の皮の向きで水を弾く方が上。康生は“木目は空に向けろ”って言ってた」
「おお、サンキュ……」
言葉は通じなくても、身振りと目線で意思は伝えられる。
木村はそのことを理解し始めていた。
陽は、彼に調理の下準備を任せるようになった。
芋の皮むき、果実のヘタ取り、穀類の選別――
最初はぎこちなかったが、丁寧な作業ぶりは宿の空気によく馴染んでいた。
ある日、想がふと尋ねた。
「ここでの生活、どうですか?」
「……正直、びっくりするくらい落ち着いてます。最初は焦って、“戻らなきゃ”って思ってたけど……今は、“ここで生きる”のもアリかもしれないって」
想は頷いた。
「俺も、そう思ったの、こっちに来て一ヶ月経った頃でした。いま、自分が“誰かの役に立ってる”って思えるだけで、もう十分なんですよね」
「うん……。あと、ここの人たち、やさしいよね。最初から、俺を“受け入れるかどうか”じゃなくて、“困ってるなら手を貸す”って感じで」
「“判断より、まず行動”っていうのが、この村の文化なんです。理屈じゃなく、気配りが先にある」
言いながら、想はふと、自分の役割が少しずつ変わってきていることを感じていた。
ただの“通訳”ではない。
言葉を介して、人と人をつなぐ“橋”になっている。
木村を見ていると、かつての自分と重なり、だからこそ、その変化がよく見えた。
夜。
食堂の明かりの下で、木村がぎこちなく村人たちに頭を下げていた。
「……ゴハン、おいしかった、です。アリガトウ」
その言葉に、陽がやさしく笑った。
「うまく話そうとしなくて大丈夫。“伝えたい”って思ってることは、ちゃんと届いてますから」
その夜、湖光亭の窓からは、穏やかな月が見えていた。
誰かが迷い込み、誰かが受け入れる。
その繰り返しが、日々を少しずつ、温かくしていく。
(→End)
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