五日目 ラストシーンその一(2025/12/17更新)

 ——翌日。

 ユリカとルカ、ふたりはお互いの自宅にほど近い、公園内で待ち合わせをしていた。


 先にユリカの姿が現れる。


 軽く辺りを見渡すと、待ち人は来らず、待ちぼうけを食らう。


 ふと、ユリカの目に入ったのは、ブランコで楽しそうに遊ぶ子どもだった。

 その姿に、思わず笑みがこぼれる。


「ユリカちゃん、おはよう」


 現れたルカが、ユリカに声をかける。


「あ、ルカ」


 彼のきっちりと着こなした、シワのない制服姿は新鮮だ。

 普段は制服のシャツの上に私服のパーカーを羽織っていることが多いせいか、ブレザーの上着にはまだ、真新さが残っている。


「おはよ、早いね。まだ待ち合わせ五分前だよ」


「早いぶんには、問題ないだろう。それより、凄い格好だな。スカートも校則厳守の膝下丈だ」


 今日のユリカの姿は、昨日までとはまるで別人のような雰囲気を纏っていた。


「まあ、必要に駆られて。いつものミニスカ制服じゃ、ちょっと、だし」


「その首からぶら下げた、ロザリオはどうしたんだ?」


「ロザリオって、これのこと?」


 ユリカがネックレスのチェーンを軽くつまむ。

 彼女は重厚なロザリオをネックレスにしてかけていた。

 胸元のそれはいかつく、禍々まがまがしい存在感を放っている。


 ルカ同様きっちりとした、校則通りのスカート丈の制服姿に身を包んだその姿も珍しい。

 まるでアニメか漫画から飛び出してきた、ヒロインに見えた。


「お父さんからもらったの。昔使っていたお古だけど、お守りだって」


「ふむ……なるほど」


 ルカがあごに手を当ててうなずく。


安里アンリ伯父おじさんが使っていたやつか。物持ちいいな」


 そう言い終わると一瞬だけ、ためらいの表情を見せる。


「しかし、その首筋のベルトとセットでは流石にな」


 思わず、堪えきれずに口にしてしまう。


厨二ちゅうにびょ」


「わかっているから。それ以上言わないで」


 耳まで真っ赤になった、ユリカが手を前に向けてルカを制した。


 思わず、自宅で身支度を整えるために、鏡に写した自身の姿を思い出してしまう。

 顔から火が出そうだった。


 玄関にある姿見に映ったユリカ自身は、まるで売れないバンドの迷走した姿にしか見えない。


 まさに黒歴史の誕生の瞬間だった——。


 まず、首全体をおおう、ベルトのようなチョーカーが目をく。

 機能的にはコルセットの役割をしている。

 昨晩の事件をかえりみると明らかだった。


 しかし、見た目はパンキッシュなファッションでおしゃれをしているようにしか、とらえることができない。


 それは昨晩、折れてしまった首の骨を固定するためのものだった。

 彼女の母である大沢おおさわ詩音しおんが着けたものである。


 さらに首筋のベルトの上からかけた、ロザリオが胸元で揺れている。

 ルカの『厨二病』の指摘はごもっともだ。


「悪い、悪い」


 ルカは軽い口調だったが、素直に謝罪をする。


「これはね」


 ユリカがネックレスを首から外し、両手首にかける。


「血が欲しくて、我慢できずに人に襲いかかりそうになったときに使う。そう教わったの」


「どう使うんだ?」


 ユリカは黙ってうなずく。

 まず、左手で十字架を掴み、右の利き手でチェーンにちりばめられている、ビーズに触れた。


「首から外すでしょ。それからこのたま、ビーズのところを順番に触って、六秒数えるの」


「アンガーマネジメントか?」


「似たようなもんでしょう?」


「ビジネスパーソンのライフハックかよ」


「だって。お父さんがそう言っていたんだもん」


 このロザリオはユリカにとって、祈りのリマインダーだ。

 あくまで自身は、人間であることを忘れてはいけない。

 それをユリカ本人が自覚をしているのは、定かではないが。


「ハイハイ。次いこうか。十字架は?」


 ルカが好奇心のあまり、ユリカをせっつく。


「単なる飾り。一応、純銀らしいよ」


「純銀、ね」


 一般的に純銀は傷つきやすい素材だ。


「なるほど。それで傷だらけなのか」


 あえてそれを身につける理由があるのだろう。

 父の安里はその経験から、必要性を理解をしているはずだ。

 しかし、ユリカはその理由を知らない。

 今の彼女にとっては、どうでもいいことであった。


「うん。扱いには気をつけろ、って」


「この十字架——」


 ルカが言いよどむ。


「先が鋭いな」


「そう言えば」


 ユリカは片手に収まる、拳銃サイズの十字架を手に取る。

 大きさの割には、重量感のあるそれを、食い入るように見つめた。

 切先は銀色の鈍い光を放っている。


 まるで虎視眈々こしたんたんと、こちらに狙いを定めているような、そんな気がする。

 その十字架はまるで、命を宿しているような、なんとも言えない不気味さを放っていた。


自決じけつ用か?」


 顎に手を当て、ルカがサラリと言い放つ。


「やめてよ。縁起えんぎでもない」


 ユリカが苦笑いで、ルカの本気とも冗談ともつかない発言をはね返した。


「ふう」


 そして彼女は、大きくため息を吐く。

 不自由な首を上げ、空を仰いだ。

 少しだけ、首に痛みが走る。


「痛たたっ」


 思わず首筋をさすろうとするが、革のベルトがそれを邪魔をする。

 仕方がないので、ベルトの表面を軽くなでた。


「そろそろ会いに行こう。杉浦に」


「そうだな」


 そしてふたりは雲ひとつない、青が広がる秋空の下を歩き出す。

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