二日目 休校の日そのニ(2025/06/10更新)

「やー、悪いね無垢ちゃん。俺らまでご馳走ちそうになっちゃって。今日のポテトは、カリカリホクホクで大当たりだな」


 通学路にある、ファストフード店。

 口調とは裏腹に、満面の笑顔を浮かべているのは新聞部部長の斉藤瑠加さいとうルカ

 母親同士が双子の姉妹で、ユリカの従兄弟いとこにあたる。


有難ありがたく頂こう、篠塚」


 ルカの隣にいるメガネ姿の青年が、落ち着いた様子でポテトを口に運ぶ。

 文芸部部長、伊坂導いさかしるべ

 彼もユリカと杉浦をよく知る人物のひとりだ。


 店内は同じく、休校により行き場を無くしたのであろう、制服姿の学生が複数見られる。

 彼らもその集団の一部として、景色に溶け込む。

 店内にはラジオが流れ、人びとの喧騒けんそうと共に体に響く。


「しかし、こうして見ると結構ボリュームがあるな。まあ、このメンバーなら苦もなく完食可能だろう」


 伊坂がポテトくわえ、腕組みしつつ、目の前に積まれたハンバーガーとポテトの山と睨み合う。


 テーブルの上には、手のひらサイズのぬいぐるみが仲良く並んでいた。

 ぬいぐるみの背後に控える、無垢が興奮気味に喋りだす。


「こちらこそありがとー! みんなのおかげでコンプ出来たよ!」


 その笑顔に一同は思わず、頬がゆるむ。


「オマケのぬいぐるみが、ムックの目当てだったんだ。

 確かに可愛いし、ハマる気持ちは分かるかも」


 ユリカがぬいぐるみをひとつ手に取り、ムニムニといじくり始めた。


「そーだよ。お家でチェーン付けるの。キーホルダーにして、通学カバンにジャラジャラ付けるんだー」


 そう言い終わらぬうちに、無垢は笑顔でぬいぐるみをカバンにしまい込む。

 ユリカは最後に持っていたぬいぐるみをポンと、無垢のカバンに入れた。



「……で、本題なんだけど」


 先ほどまでとは打って変わって、真剣な表情で無垢が口を開いた。

 その豹変ぶりにユリカが少し驚く。


「伊坂部長がいて、けーくんが居ない。

 このメンバーでしか話せないこと、今日はじっくり話そーよ」


「そうだな。流石さすがに杉浦本人の前では『あれ』の話はできなさそうだ」


 無垢の提案に伊坂が乗る。

 ルカも乗り気のようで、身を前に乗り出し、喋りだす。


「賛成。アイツ、今はピアスを無くして、そこら中を探しているらしい。でもここには来ないだろうな」


 流れるようにルカは、スマホのメッセージを確認すると、テーブルに伏せ置いた。

 ここでようやく、ユリカが重い口を開く。

 言葉を慎重に選び、話を始める。


佐藤流星さとうりゅうせいについて——」


 一同はユリカを真っ直ぐに見つめ、うなずいた。

 伊坂が現状を確認する。


「例の朗読会での『事件』だが……俺たちが『事実だけ』を文芸部部員の協力のもと流した。

 それが、学園中の噂になったあとは……佐藤は登校していない」


 ここまで言い終わると、伊坂がルカに目線を送る。


「まあ、自業自得だろうな」


 ルカは『ざまぁ』と、したり顔をする。

 その表情を見て、無垢は引き気味につぶやく。


「気持ちはわかるけど、ルカくん性格悪ーい」


 ユリカもストローでジュースを飲みながら、うなずく。

 しかし、次に続けた言葉は容赦がなかった。


「学園創立以来の秀才を、敵に回した方が悪い。ルカにしては、慈悲深い解決方法だよ」


「まあな。俺が本気になれば、『言葉だけ』で人ひとり、あの世に送れるぜ」


 ユリカのどうしようもない悔しさを、ルカは救い上げるように話す。

 自身の能力に誇りを持ち、それを言葉にする。

 その様子は、まるで天使か死神が憑依したかのように見える。

 その姿に無垢は不気味さを感じ、胸が詰まる。


「ルカくん……あなたは何者なの?」

「俺? 俺は俺だよ。ただの人間だ」


 ルカはまるで自分自身に、言い聞かせているように答える。

 それから目頭を押さえて、しばし沈黙する。

 彼はそのまま抑えられなくなった、感情を吐露とろする。


「杉浦が変わってしまった、全ての原因は佐藤流星、あいつの放った『言葉』だ……! あの時、あの場所で、俺の親友は死んでしまった! 今更遅いのは承知だが、俺がまじないの言葉、たったひと言をその場で口に出来ていたら……!」


 ルカはかなりの声でがなり立てたが、周囲のざわめきも同等で、気に留める者はいなかった。

 伊坂がルカの怒りをしずめるべく、冷静に語りかける。


「でも斉藤はそうしなかった。それはどうしてだ?」

「それは——」


「——人を呪わば穴二つ、おじいちゃんに散々言われているよね」


 続きはユリカが答えた。

 彼女の声に、冷静さを取り戻したルカは言う。


「ああ、そうだ。俺がじいさんから教わった『おまじない』は、使い方次第で毒にも薬にもなる。下手をすれば俺自身の命が危うい」


「何それ、厨二病?」


 イマイチ話についてこれない、無垢の素直な意見が飛んできた。

 伊坂が丁寧に解説をする。


「篠塚、内輪話ですまない。わかりやすく言うと、佐藤が朗読会で発した言葉が、杉浦の心を殺したのだと仮定する。

 斉藤はそれを肉体に向けて、一瞬でせる異能があるという話だ」


「うーん。わかったような、わからないような? つまりルカくんには、呪いで人を殺せる不思議な力があるの?」


 無垢がほぼ正解の解答を出す。

 ルカはそれをするりと肯定した。


「そういうこと。実際にやったことがあるのは逆だけどな」


 ユリカが補足をする。


「子供のとき、庭で潰したダンゴムシを生き返らせたことがあったね」


「そう。バレてじいさんにはめちゃくちゃ怒られた」


 ルカが神妙な表情で吹き出し、心情を語る。


「もしかすると……今の杉浦は俺たちが無理矢理、生き返らせたようなものなのだろうか」


 しばらくの沈黙のち、ルカに視線を合わせて、ユリカが続けた。


「どうだろう……心は見えないからね。あたしは佐藤流星の朗読会での作品は、杉浦の心を殺すのに十分な力があったと思う」


「彼が生まれた時に、おかあさんが亡くなった。

 ——その原因が自分自身だ、なんて……。創作でもそんな話聞かされたら、あたしは耐えられない」


 店内がラジオと人びとの喧騒で満ちる中、彼らの席は、水の底のように静かに沈んでいた。

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