一日目 帰路(2025/06/07更新)
夜に沈んだ学園前のバス停に、男女ふたりの姿が見えた。
「バス、行ったばっかりかあ」
ユリカは時刻表を見つめて、不満を隠さず口にした。
「そうだね。次は三十分後に最終バスが来る、って」
同じく杉浦が時刻表を見つめて、付け足した。
「杉浦がさっさと終わらせないから……」
ユリカがぽつりと
杉浦にはその言葉は届いていない。
だが、すぐに気持ちを切り替え彼に尋ねた。
「歩いて帰る? 月が綺麗に出ているよ」
ユリカは夜空に浮かんだ月を指し示した。
「そうしようか。僕、まだユリちゃんと一緒にいたいな」
ぎこちない笑顔で杉浦がユリカに伝える。
ふたりは月明かりが照らす夜道を、家路に向かって歩き出した。
◇
「月、大っきいね」
無邪気な様子で杉浦が月を見上げる。
「今日はスーパームーンだって。この
ユリカも月を見上げる。
杉浦が「へー」と生返事をして、急に立ち止まる。
すらりと伸びた長身が傾き、ふらついた。
「杉浦、どうしたの?」
「……ちょっと、クラクラする」
消え入りそうな声で、杉浦が地面にへたり込む。
嫌な予感がした。
必死に呼びかけて、彼の意識がこの場に
「大丈夫だよ」
杉浦が返事をし、ゆっくりと立ち上がる。
同時に風が流れた。
月の下に照らされた、その姿は相変わらず儚くも美しい。
彼は今にも、風と共にこの世界から溶けて消えてしまいそうだった。
綺麗さと底知れぬ何かを、同時に身にまとっているようにも見えた。
「大丈夫、だから一緒に帰ろう」
青ざめた顔で手を差し出す。
「……うん」
ユリカは差し出された手を取り、しばし見つめる。
モヤモヤな気持ちを抱えたまま、彼女はうなずいた。
◇
「さっき気がついたんだけど。杉浦、またピアスの穴増えた?」
月明かりの下を並んで歩く。
ユリカは少し戸惑いながら、杉浦に尋ねた。
「うん。カッコいいでしょ?」
彼は髪をかき上げ、普段は隠れている耳を出した。
月明かりにシルバーのピアスたちが鈍く輝く。
「いけないんだー。耳だけ校則違反じゃない」
ユリカがからかいつつも、微笑ましく見つめた。
「もー。からかわないでよ」
杉浦の表情は、言葉とは逆で少し嬉しそうに見えた。
彼の制服はシワもなく、シャツのボタンもきっちりと止めてあり、ネクタイも真っ直ぐに締めてある。
顔さえ見なければ、
「ユリちゃんはピアスしないの?」
「痛そうだから、あたしは遠慮しておく」
「そうなんだ。お揃いとかしてみたかったのにな」
杉浦がしゅん、と沈む。肩が下がり、背の高さが少し縮んだ気がした。
ふたりは夜道を家路に向かって進む。
彼の耳からピアスがひとつ、無くなっていた。
この時のふたりはまだ、それに気がつかない。
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