第24話 静けさ

魔族の調査隊を撃退し、記憶保持型の死霊兵の有用性を理解したルトスは早速魔族たちも記憶保持型の死霊兵としていた。


「ルトス様、現在はまだ不可能ですがこれから先に適した素材が見つかれば死霊兵が魔法を使えるようになるかもしれません。」


「クリシタル騎士団の時はそんなこと言ってなくなかったか?」

ルトスは一瞬考えたあとそう返した。


「クリシタル騎士団は聖魔法のみしか使えず、死霊兵とは相性が最悪なのです。しかし魔族は各々の適性を持っており今後実現できるかもしれません。」


「そうか、その研究を続けてくれ」


ルトスは実現できるに越したことはないがまだ無理だろうと考える。魔法とは脳で現象をイメージし、それを魔力を消費して引き起こすことだからだ。戦闘技術を覚えていても脳で想像するプロセスが今はまだ確立されていない。


「それにしてもまたあれから動きが無いな。

もう1ヶ月は経つぞ?」


現在魔族の調査隊を撃退してから1ヶ月が経過していた。

ルトスは画面でダンジョンの外を見れないことを不便に思いながら偵察を出すことに決めた。


「シャドーストーカー、ネクリアの森から外へ出て魔族側、人間側のそれぞれの入り口を確認して来てくれ」


シャドーストーカーは影になじみながら消えて行った。


それから半日ほど経ち偵察から帰ってきたシャドーストーカーから見てきた情報を抜き取る。


「は?砦と結界?」


魔族は出てくる死霊兵に対し砦を作り交戦し、人間は聖属性の結界を使うことで死霊兵を倒していた。


被害が出ても原因を探し、解決するのでなくその場しのぎをする陣営にルトスは少し呆れるのであった。

しかしすぐに気持ちを入れ替え時間は自分たちの味方であると考え直す。


「バルート、グラザルド今のうちにダンジョンを一国が攻めても落とさないくらいまで強化するぞ」


***

ルトスは一層の強化に乗り出した。本来一層は広大な迷路と罠が仕掛けられていたが、今ではネクリアの森から入った魔物たちが住み着いていた。

「まずはゴブリンやコボルトたちの武器を増やしてやるか」


一層の地面のあちこちに刃が20センチほどのナイフが現れた。そしてルトスは数年前に読んだ研究論文に魔力の多い地域の魔物は成長、進化しやすいと書いてあったのを思い出し、一層の魔力の濃度を高めた。

 

そしてダメ押しとばかりに迷路をさらに拡大し、人類側と魔族側から迷わずに進んだとしても30キロは歩く広さのものとした。


その後二層を開きながら考える。


「この層はあまり手を加えられなそうだな」

悩むルトスにバルートが声をかける


「ルトス様、ブラッドラビットのために小さな穴を地面にたくさん開けましょう。彼らが隠れたり移動したりする他に侵入者の足がはまるかもしれません」


反対意見も浮かばずルトスはその案を採用した。


そして三層はデスゲイザーの数と罠の数を増やし、四層は草だけでなく木も生やし、フォレストウルフを増やし、常時霧が発生するようにした。


「バルート、五層に何か追加したい要素はあるか?」


「それでは今回得た魔族の死霊兵を配置してもらっても良いですか?彼らにはクリシタル騎士団の死霊兵が戦ってる後ろから奇襲をしてもらうようにします。」


「もう研究は終わったのか?」

ルトスは疑問に思ったことを口にした。


「いえ、侵入者のいない間に少しづつ進め、いる時は戦闘してもらおうと思います。」


「そうするか」

そう言うと五層はあまり手をつけずに終わった。



「六層と七層は侵入者が来なかったから難しいな。とりあえず六層の幻術を強く、罠を凶悪なものにしておくか。」


六層のコンセプトは一層と似ており精神を削るものだ。しかし一層と違うのは並大抵の生き物では抗えない幻術がそこかしこにかけられ、命を落とす罠が至るところに仕掛けられていることだ。


「七層はグラザルドか。」


「主よ、部下としてオーガ達を作ってはくれぬか?我が鍛え上げて見せよう。」


「七層はオーガの層にして九層にグラザルドを移すか。七層のオーガ達に関しては全てグラザルドに任せる」


「必ず期待に応えましょう」


通常のオーガは普通の戦士が3人、先鋭が1人いれば倒せる強さだが、グラザルドが鍛え上げるオーガたちがどのような強さになるのかは誰にも予想できなかった。


ルトスはさらに初見で準備なしではクリアできない層を八層に足した。それは視界の全てを埋め尽くすほどの吹雪が吹く層であった。


「これなら一度引き返せずには通過できないだろう。時間はこっちの味方だ」



***

Side魔族

灰色の空の下、黒く濁った川がゆっくりと流れていた。その川のほとりに、砦があった。

 石と鋼を基礎に、急ごしらえで築かれたそれは、戦争を知る者たちの手で整備され、もはや一時的な拠点とは言えない規模を持ち始めていた。


 砦の名は「ルディアの防壁」。調査隊が穴に進んでから二週間が経ち、魔族軍はそれ以上の進軍を中止していた。


 広間には、布地の地図と、死者の名が並ぶ記録簿が広げられている。その前で、クスマ――砦の防衛責任者は、無言で考え込んでいた。


「全滅か……グロムたちの隊が」


 その言葉に、報告に来た副官が眉を曇らせる。


「はい。遺体も回収不能、魔力反応も消滅。手掛かりとなる情報も得られませんでした。」


「ふざけた穴め……」


クスマは歯噛みした。敵はただの魔物ではなかった。通常ここまで発生することのないアンデット。


「本日も引き続き穴からアンデットが出てきたそうです。待機していた兵士が魔法で対処したそうです。」


 静かに、クスマは目を細める。

死体をを利用し、尚も何かを仕掛けてくる誰かがいる。穴の奥に。そう確信できるほど、死霊兵たちの動きは規則と意思を感じさせた。


 彼は長く吐息をついたあと、天幕の外を見た。

 砦の外では、アンデットが夜な夜な現れ、魔族兵と散発的な交戦を繰り返していた。が、大きな被害を受けるようなものではなかった。ただ、試しているような動き――それが不気味だった。


「……もうこの砦は、前線ではないな。ここは、境界だ」


 そう呟くように言ったとき、クスマの瞳には疲労と、微かな怒りが見えていた。


「侵攻ではない……籠城か」


「はい。陛下からも、これ以上の犠牲を出すなと。しばらくは、状況観察を優先するようにと伝達がありました」


 クスマは無言のまま、地図の上に手を置いた。既に死んだ者たちを想う暇などない。敵は今も穴の底で何か企んでいる。


 このまま何もないわけがないと不気味な静けさの中に潜む意図を、前線に立つ魔族たちは感じ始めていた。



***

Side人類


結界は静かに光を放ち、淡い聖属性の膜が地上に広がる穴を包んでいた。


その膜の向こうから、時折、呻き声のようなものが漏れ聞こえる。が、それが何者なのか、今や誰も確認しに行こうとは思わない。


 この地に展開されたのは、聖魔連合の直属部隊――第六聖封隊。

 王国各地の神官と聖騎士によって構成された精鋭集団であり、今この結界を保つことにすべての力を費やしていた。


 指揮所のテントで、隊長であるヴァレル・アルクライト大司祭は地図と魔力計測器を交互に見ながら、ひとりつぶやいた。


「……これで出てこれないだろう」


脅威は確かに存在する。

結界を押す力も、存在するが時間が経てば消えていく。


 「死者に、意思はない」とは言う。

だが、ヴァレルは定期的な出現と穴の静けさにこそ、知性が潜んでいると直感していた。


「やはり、誰かが……指揮しているな。中に」


 副官である聖騎士レオナが、控えめに口を開く。


「バーゲンフォード砦で消息不明になったセラフィーナ率いる部隊もアンデットにやられた可能性が高いと報告されていました。」


ヴァレルの眉が僅かに動いた。

かつて、国を守るために剣を執った戦士たちが、今は死して誰かの操り人形となっている可能性がある。


「……もはや死んだだけでは、安らかにはなれぬ可能性があるというのか。穴は、何を考えているのだ。」


 その言葉には、怒りよりも――諦念が強くにじんでいた。

人類の守護者として、大司祭として、ヴァレルは幾度も墓に眠る者のため祈ってきた。

だが、ここでは祈りは届かない。結界では永遠には抑えきれない。死者は、いつか這い出してくる。


「本部は……どう言っている?」


「結界の継続。交戦は避け、干渉も極力控える方針です。現在はあくまで、調査段階とのこと」


 ヴァレルは、机を軽く叩いた。

 上層部の判断に反論はしない。確かに、今この穴に迂闊に干渉すれば、さらに死者を呼び寄せかねない。だが――


「……封じている間に、何かを作られているとしたら?成長していたら?」


 その言葉に、レオナは答えなかった。

答える必要がなかった。誰もが感じている。



 ヴァレルは、結界の向こうを見やった。

そこには何も見えない。ただ、凪いだ空気があるだけだ。だが彼の耳には、そこに沈む不気味な心臓の鼓動のような何かが、かすかに聞こえらような気がした。




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