第9話 武器

ダンジョンの静寂に、ルトスの靴音だけが響く。

かつては他人の命令に従って動くだけだった男が、今、自らの意志で立っていた。

ダンジョンコアの奥、管理機能の一端に設けられた武具制作端末に手を伸ばす。


「武器……か」


目の前に浮かぶ魔力画面には、無数の武器の選択肢が並んでいた。

剣、斧、杖、弓、鎌、槍。さらには鞭や双剣といった特殊武装まで。

それぞれに攻撃力、速度、魔力適性、使用難易度が数値で表示される。

まるで、自分に何がふさわしいかを試されているようだった。


「剣は扱いやすいが、軽すぎる。魔法は使えない。斧は…一撃が重すぎて反動が怖いな」


自問するように、次々と表示を切り替える。

脳裏をよぎるのは、かつて見てきた戦士たちの戦い方だった。

だが、それは“誰か”のものであって、“自分”の戦いではない。


「……突くのは、単純だ。届かせれば、いい」


自然と、槍の項目に目が留まる。

長い柄と鋭い穂先。力ではなく、精度と間合いで敵を制する武器。

防御にも転用でき、射程もある。


――そして何より、振り回すよりも“突く”という動作は、無駄がない。


「これなら、今の俺でも……」


決意と共に制作開始ボタンを押す。素材リストにあった「魔鉄の原鉱」を選択し、加工方法を指定する。

画面が一瞬暗転し、次いで床に魔法陣が展開された。


「《魔鉄の槍》、制作開始。エネルギー消費:6000」


魔力の流れが天井から降り注ぎ、宙に浮いた鉱石が淡く光り始める。

鋳造音も熱もない――ただ、魔力だけで構成された製造過程。

ゆっくりと素材が細長く引き延ばされ、やがて鋭く研がれた穂先が形成される。


風のような魔力が、穂先の周囲を静かに渦巻いていた。


「……これは」


手に取ると、軽くしなりながらも芯の通った手応えが伝わってきた。

それは、ただの武器ではなかった。

“自分が選び、自分のために作られた最初の道具”だった。


「風属性に適応か。俺が魔法を使えなくても、武器自体が助けてくれるのか」


床に軽く打ち付け、素振りを数回繰り返す。

空気を切る音が、耳に心地よく響いた。

この槍となら、戦える。

この槍となら、自分を試せる。


ルトスは無言でうなずき、武器を背負ったままダンジョンを後にした。


***

ネクリアの森は、しっとりと湿っていた。

木々の間を抜ける風は冷たく、葉擦れの音が絶え間なく続いている。

だがルトスの呼吸は安定していた。


「さて、まずは……」


獲物を探しながら、地面に残された足跡をたどる。

小さくて浅い、人間よりはるかに軽い歩幅。


「ゴブリンか……ちょうどいい試しだ」


茂みを抜けた先、3体のゴブリンが粗末な棍棒を抱えていた。

皮のような衣服を身につけ、意味もなく騒ぎながら移動している。


まずは背後を取る。音を殺し、距離を詰め――


一閃。

風を纏った槍がゴブリンの腹を突き破る。

悲鳴すら上げる暇もなく、一体が崩れ落ちた。


「ギィイイ!」


他の二体が反応し、棍棒を振り上げて飛びかかってくる。

だがルトスは一歩引き、柄で一体を叩き伏せ、続けざまに穂先を喉元に突き立てた。


最後の一体は動揺し、後退しかける。

ルトスはその機を逃さず、踏み込みと共に喉を貫いた。


「……やれるな」


鼓動が高まる。

恐怖ではない。

これは、“勝てた”という実感。

自分がこの世界に抗う力を、手にしたという証だ。


だが、その時――


風の流れが、一瞬で変わった。


「……!?」


赤黒い毛並みと魔力を纏った異形――《フォレストハウンド》が森の奥から姿を現した。

その眼は、まるで侵入者を狩る本能に満ちていた。

魔物というより、訓練された処刑人。

ルトスの背筋に冷たい汗が流れる。


「これは……やばいな」


ハウンドは吠えもせず、一気に距離を詰めてきた。

まさに風のような速さ。


――ガギン!


振り下ろされた鋭爪を、咄嗟に槍の柄で受ける。

衝撃が全身を貫き、足が地面を滑る。


(速すぎる……受けるだけで精一杯だ)


槍を使った応戦に徹しながらも、次第にハウンドの動きに押されていく。

横なぎの爪、咬みつき、飛びかかり――攻撃はまるで隙を与えない連続技だった。


一撃が肩を掠め、布ごと肉が裂ける。

焼けるような痛みが走り、意識が飛びそうになる。


(このままじゃ……殺される)


槍を支えに地面を蹴る。

ギリギリで次の爪をかわし、半回転しながら槍の穂先を振るうが、手応えがない。

回避され、逆に背後から咆哮が響く。


「……クソッ!」


振り返るよりも早く、ルトスは本能的に槍を構え、腹に意識を集中させた。


そのとき――

体内の何かが、槍を通じて流れた。


風のような“気配”が、槍の穂先に集まり、唸りを上げた。


「……え?」


目を見開いたルトスの手の中で、槍の刃が淡く蒼白く光り始める。

まるで、風そのものが穂先に宿ったかのように――。


フォレストハウンドが再び跳躍する。


今度は正面から。


ルトスは吠えるように叫びながら、魔力を感じたままに槍を突き出す。


「吹き飛べえぇぇッ!!」


風が、爆ぜた。


突き出された槍の一撃と共に、風が渦を巻いて巻き起こり、フォレストハウンドの脚部を直撃した。

激しい風圧が肉を裂き、骨を砕き――前脚ごと、空中で“吹き飛ばす”。


獣が悲鳴を上げながら転倒する。

バランスを崩した体が地面に激突し、しばらくの間、呻くようにのたうち回る。


ルトスはその一瞬の隙を逃さなかった。

再度、風を纏った穂先を突き出し、喉元へと迷わず突き刺した。


――ズブッ。


獣の体がびくりと震え、やがて静かになった。


しばらくの間、森の音さえも聞こえなかった。

ただ、ルトスの荒い呼吸と、血に濡れた槍の重さだけが現実を刻んでいた。


「……やった、のか……」


地面に膝をつき、息を整える。

風魔法を使った実感は、ない。

だが確かに、あの時――槍を通して“風”が応えてくれた。


(まさか、俺が……)


魔法適性ゼロとされた少年が、今、自分の力で魔力を引き出した。

それは奇跡ではなく、ダンジョンの力でも、他者の手でもない。

“自分が選び、選ばれた武器”との共鳴だった。


「……悪くないな」


立ち上がり、ルトスは血塗れの槍を肩に担いだ。

まだ手が震えていた。だが、その震えの奥には、確かな実感があった。


自分は、ただの生き残りではない。

狩る者として、この世界に立っている――そう実感する瞬間だった。


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