第5話 特待生室
生徒会の会議はいつもどおりに終わり、俊たちは寮に戻る。
篤学学園高校の寮は、高校から徒歩で三分くらいのところにあった。
全寮制だから、一年生から三年生まで、在学しているすべての生徒に部屋が用意されていた。
部屋の形式は基本的に二段ベッドと学習机つきの八畳だ。
ただし、入学時の成績優秀者二名には、同じ二人部屋でも、その他の生徒とは全く違う部屋が用意されている。
俊たちはエレベーターを最上階の五階で降り、目の前の部屋の扉を開けた。
分厚い木の扉を開けると、赤いカーペットの敷かれた書斎がある。二十畳程度の部屋の中央には猫足の丸テーブル。ミニキッチンとカウンター、窓際には、マホガニーの両袖の机が二台並んでいる。
俊と晴は、机の上にカバンを下ろすと、学校から渡されているノートパソコンを置く。一人一台支給されているもので、デジタル教科書からワークまで、このパソコンで見るようになっていた。二人の場合は生徒会の資料などにもアクセスできるパスが与えられている。
机の上の本立てに、今日使った教科書を並べながら、俊はため息をつく。
一時間目の美術から疲れの溜まる日だった。
リュックの形をした学校指定カバンの形をととのえ、机脇の棚に置く。
「晴、俺はちょっとシャワーを浴びてから休むから。夕飯の時間になったら起こしてくれるかな」
「どうしたの?」
晴が英語のノートを広げる手を止めた。
そうだ、次の単元の単語を五回ずつ書いてくる宿題があったな、と思い出しながら、俊は自嘲する。
「疲れた。もし宿題が消灯までに終わらなかったら、明日早起きしてするよ」
「わかった」
もう涼しいのに、やけに体がべとついているように感じて、俊は左手の扉を開ける。成績優秀者以外は大風呂に入るのだが、成績優秀者の部屋には内風呂も、トイレもついている。
洗面室の棚には、洗濯されたタオルや下着が並べられている。俊と晴、それぞれに棚が用意されていて、いちばん下の段には洗濯物を入れる籠がある。
――慣れないな。
俊はいつも洗面室に入ると恥ずかしい気分になる。
寮の部屋は、卒業生が経営している会社が掃除を請け負っている。洗濯などもそうだ。その際に盗難などが発生しないように、部屋には鍵のかかる引き出しがいくつかあった。
身の回りのことをしなくていいから楽だ、とはいえ、他人に洗濯物を触られるのには、今でも少し抵抗があった。
〝あなたみたいな人は、海外でのホテル暮らしが長くなることもあるだろうから、慣れておきなさい〟
夏に帰省をしたとき、叔母に言われた言葉を思い出す。
華やかな化粧に彩られた叔母の顔を思い浮かべながら、俊は暗い気分になった。
俊は、戸籍上の父母の子ではない。
当時、海外で勤めていた叔母の子だ。相手が誰だかは教えられていない。出産後、叔母は起業をし、今のパートナーと出会い、相手に会社を預けて結婚した。
とはいえ、行動的な叔母がひとところに留まっていられるはずもなく、あちこちに出かけては金を稼いでくる。立場上は中小企業の社長夫人だが、叔父より叔母の方が、顔が広いだろう。
きれいだけれど落ち着きのない叔母の血を受け継いでいるのだと思うと、ぞっとするときがある。
俊は、父や母の落ち着いた雰囲気が好きだ。いつものように出勤し、いつものように帰ってくる。地元の図書館に勤めている母は、自家用車で通勤している。中学時代、俊や度会が部活動や委員会を終えて帰るころに、必ず学校のそばを通りかかる。ついでだから、と、俊たちを乗せてくれる。助手席には必ずスーパーの袋が置いてあって、母は、今日はマグロが安かった、だとか、朝採れたという野菜を売っていた、などという話をした。ささいなことなのに、喜んだり、驚いたり、にぎやかだった。にぎやかでも、うるさくはなかった。
そんな小さなことのなかにも幸せがあるのだと思うと、俊はいつも、自分が勉強で失敗しても、いい学歴を得られなくても、どこかで幸せに暮らせるのではないだろうか、という薄明るい安心感を覚えた。
叔母は、その対極にいる。
自分も叔母のようになるのかもしれないと思うと、口の中に金貨を詰め込まれて窒息するような気持ちになる。
叔母ならば、洗濯物を見知らぬ人に触られるくらい、何とも思わないのだろう。便利に暮らすためには、他人に役割を預けることが多くなる。
でも、俊は自分で食材を買って料理し、自分の洗濯物を自分で洗うような生活のほうが、合っているのだと感じる。
――とはいえ、ここで過ごす限り、慣れないとな。
俊は制服のシャツと下着を籠にいれ、シャワーを浴びた。
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