龍と乙女の契約結婚は初恋を運ぶ

落花生

第1話 契約結婚

 昔の話である。


 とある老人が滝に向かって、一族の繁栄を願った。


 老人の家は、モノノケと戦う祓い屋の一族であった。だが、祓い屋の家々の序列では低い家である。故に、老人は滝の向こう側に住まう龍の加護を求めたのだ。


 滝の向こう側には青色の鱗の龍が住んでおり、老人の願いを叶える代わりに一つだけ条件を付けた。


 一か月後に産まれる娘を龍の嫁に差し出すこと。


 それが、龍が願いを願える条件であった。


 老人は、その条件を飲んだ。


 老人は、孫一人で家が栄えるならば安いものだとも思った。老人の息子の嫁は孕んでおり、出産予定日はちょうど一ヶ月後であった。


 産まれる前の子の性別など人間には分からないが、神秘を操る龍には分かるのであろう。老人は、そのように気軽に考えていた。


 龍は自らの鱗を一枚剥がして、老人に手渡す。


 深い青色の鱗は、老人の掌ほどの大きさがあった。石でも硝子でのない硬さと透明感を持っている不思議な鱗は、それだけで装飾品を思い起こさせるほどに美しかった。


 その鱗を花嫁となるに娘に、常に身につけさせろ。


 娘は龍の花嫁となる者だと心得て、慈しみ育てよ。


 それが、老人と龍の最後の会話であった。お任せください、と老人は答えた。


 老人の願いは、見事に叶った。


 かつては勢いをなくした家は、息子二人の活躍をもって大いに盛り返した。


 大きな仕事を請け負ったおかげもあって、祓い屋と言えばと人々の頭に思い浮かぶほどに家の名は有名になった。


 息子夫婦が流行り病でなくなるという不幸もあったが、その頃には老人の家は揺るがぬほどに大きくなっていた。龍の恩恵は、傍系にも及んだからである。





 龍に頼んでまで、一族を繁栄させた家ーー。その家は、伊原と呼ばれている。








「柘榴!どこにいるの!!」


 広い台所で朝餉の準備をしていた柘榴は、名を呼ばれたことで顔を上げた。今まで菜っ葉を切っていたが、声の主は柘榴の用事を考えてはくれないであろう。


 柘榴の周囲には二人の女中がいて、気の毒そうに柘榴を見ていた。その視線に柘榴は苦笑いを返して、白い割烹着と三角巾を外した。


 三角巾を外すことで、宝石のように輝く青色の龍の鱗で作られた簪が露わになる。


 美しい簪を目の前にして、入ったばかりの若い女中が思わずため息をついた。目に映った簪が、見事としか思えなかったからであろう。


 竜の鱗で作られた簪は、それぐらいに美しいものであったのだ。柘榴は幼い頃から、その簪を身に着けている。それは、亡くなった祖父に厳命されたことだからであった。


 若い女中の視線が美しい簪に向かっていることに気がついた年嵩の女中が、若い女中をヒジで弱く打った。


「あれは、そんなに見るものではないよ。将来の龍花嫁の印なんだから」


 年嵩の女中の言うとおりであった。


 龍の鱗の簪は、生贄の証のようなものである。それは、憧れるようなものではなかった。十六歳の成人の日に、龍に嫁ぐ印であるからだ


 柘榴は、毎日磨かれている廊下を速足で進んだ。一分一秒でも早く、声の主の元に行くためだ。


 本来ならば、柘榴は女中の真似事をするような娘ではない。本家の娘であり、将来の龍の花嫁として大切に育てられるはずの人間であった。


 事実、祖父は柘榴を大切に扱った。幼児には過分な着物を着せて、上にも下にも置かない扱いであった。


 だが、その祖父は亡くなり、両親も流行り病で亡くなった。柘榴は、今は叔父家族の元に身を寄せている。


 自分を大声で呼んだ者がいる部屋の前にたどり着いた柘榴は、すうと息を吸った。速足で来たせいで、少しばかり息を乱していたからだ。


 自分が落ち着いたことを確認してから、柘榴は部屋の襖を開けた。


「如月様、如何なされましたか?」


 柘榴を部屋に呼びつけたのは、従妹の如月である。


 美しい黒髪の乙女は、自慢の白い肌を怒りで赤く染めていた。色白の如月は怒るとすぐに赤くなるので、女中たちはひっそりと「茹蛸」と呼んでいる。


 裏で女中たちに嫌われているだけあって、如月の性格は最悪の一言につきる。現在の当主の一人娘として両親に甘やかされて育てられたこともあり、わがまま放題だったからだ。


 柘榴だって、祖父に甘やかされた記憶がある。柘榴の場合は、亡き両親の厳しい花嫁修業があったのでわがままには育たなかった。むしろ、遠慮しがちに育った。


 如月には、柘榴の両親のように厳しく接してくれる人がいなかったのだろう。祓い屋の父は多くを言わないし、母は如月を甘やかすばかりだ。


 今だって大きな姿見を背にした如月は着物を握りしめて、自分の仕えている女中を指さしていた。その目には、怒りが浮かんでいる。


 それ苛烈さに震えている若い女中が、柘榴には可哀想でならなかった。泣いてしまいたいだろうが、それすら主人の前ではままならない。




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