第45話 駆けろ

 マルスが手綱を振るい、馬を走らせていく。

 等間隔に並んだメープルを追いかけて『魔の森』の中を進んでいく。

 どれほどの速度で走っているのだろう……周囲の景色が風となって流れていった。


「やはり、間違いない……この先にノヴァがいる……!」


 蝶から生まれたメープルの木。

 これはノヴァの権能である【創造】によって生み出されたものに違いない。

 マルスを自分のところに導くため、自然界にはあり得ない特殊な生命を生み出したのだ。


「ふざけるなよ……使わせたな、ノヴァに権能を……!」


 全力疾走させた馬の背で上下に揺られながら、マルスが激怒した。

 ノヴァの権能は心を対価として消耗させてしまう。使えば使うたび、思い出や感情が擦り減ってしまうのだ。

 それを使わされてしまった……フランツやアリアのために。彼らのせいで、彼らのためにノヴァの心がどれだけ摩耗してしまったのだろう。

 マルスはかつて信頼して背中を預けたはずの仲間に、火山が爆発するような激しい怒りを覚えた。


「……わか、さま……わ…………っ!」


 後ろからエリックが叫んでいたが、すぐに遠ざかって聞こえなくなる。

 マルスの馬は凄まじい速度を出していた。本来の馬の脚力を超えるほどに。

 あまり使う機会はないのだが……マルスの【最強】は跨っている馬に対しても適用させることができる。

 厳密に言えば、マルスが手にしている武器や身にまとっている防具や服、『マルスにとって身体の一部』とみなされている物にも能力をかけることができるのだ。

 そうでなければ、振るった剣がマルスの腕力に耐え切れずに折れ、衣類も空気との摩擦によって焼き切れてしまう。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!」


「ブルヒイインッ!」


 マルスが叫び、それに応えるように愛馬がいななく。

 走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る……!

 体感時間ではそれなりに長かったが、実際に馬を走らせていた時間は一分程度だっただろう。

 やがて、『それ』が目に飛び込んでくる。


「結界か……!」


 進行方向上に半透明のドームがあった。

 間違いない……フランツが権能によって作り出したものである。

 本来であれば視認することができないはずの結界であったが、【最強】によって強化されたマルスの眼であれば捉えることができた。


「やはり、いたな……フランツ・バラセアン」


 マルスが馬の背を蹴って、前方に向けて矢のように跳躍する。

 背負っていた大剣を抜き、烈火の気合を込めて振り抜いた。


「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ガシャンとガラスを割るような音がして、目の前に立ちふさがっていた結界が粉々に破れた。

 結界の向こう側にあったのは滅んだ開拓村。古びた建物がいくつも並び、半分森に飲み込まれている廃村である。

 そこにある建物は屋根も壁も崩れてまともに人が住めるような有様ではなかったが、辛うじて無事な建物が一軒だけあった。


「フランツ・バラセアン……!」


「…………」


 その建物の前に一人の青年が立っていた。

 フランツ・バラセアン……マルスのかつての戦友であり、隣国の第八王子でもある人物だった。


「マルス……何故、ここに……!」


「殺す」


 フランツがわずかに目を見張って名を呼んでくるが、マルスはまるで取り合うことなく大剣を振り下ろした。

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