第34話 フランツの暴走
かつての戦友であるフランツ・バラセアンから放たれた驚きの言葉。
『滅獄の魔女』の災厄をやり直す……それはあまりにも信じがたく、相手の正気を失うような発言だった。
「……何を言っている、フランツ。その冗談は笑えないぞ」
「冗談で言っているつもりはない。僕は本気だよ」
「本気であれば、なおさら笑えない……グロスレイ王国が魔女の厄災によって滅亡したことを忘れたか?」
先ほどまで、自分が裏切ったつもりでいた。罪悪感で胸が満ちていた。
しかし、フランツの言葉はマルスがした以上の裏切りである。
(『滅獄の魔女』を生み出すということは、この国に滅べと言っているのと同じだ。ノヴァを闇に落とし、俺の家族を死に至らしめた未来を繰り返せと言うのか……!)
「理由次第では許さんぞ、フランツ……! たとえ、お前が隣国の王子であったとしてもだ……!」
「待て、落ち着け。マルス! 別にこの国を滅ぼしたいわけじゃない!」
殺気立つマルスの様子に、フランツが慌てた様子で両手を振った。
「僕がしたいのはあくまでも『滅獄の魔女』を目覚めさせることだけだ。あの娘……ノヴァ・ブリュイが魔女に覚醒したらすぐに倒してしまえば良い。グロスレイ王国が滅びることはない!」
「……何故、そのようなことをする必要がある? わざわざ、ノヴァを魔女にする意味などあるわけがない」
「……意味ならばある。僕には、そしてアリアにも」
「どうして、そこで聖女様の名が出てくる?」
アリア・クレプスキュールは聖女のことである。
マルスやフランツと一緒に『滅獄の魔女』を討伐して、【奇跡】の権能によって過去の世界への回帰をもたらした女性だった。
「そもそも、俺達を過去の世界に送ったのは彼女ではないか。それなのに、その言い方では聖女様も災厄の繰り返しを望んでいるように聞こえるぞ?」
「……過ちは訂正しなくてはいけない。俺達は過去に回帰などするべきではなかったのだ」
「どういう意味なのか説明しろと言っている! 魔女の災厄は、世界中の人間にとってあってはならないものだったはず! それを繰り返して、誰に何の得があるのかと聞いているのだ!」
「……お前に言ってもわからないさ、マルス」
「何だと……?」
搾り出すようなフランツの言葉に、マルスが目を険しくさせる。
「お前は満たされている。過去への回帰によって家族を取り戻し、故郷を取り戻し、いずれは侯爵家の当主になる! おまけに婚約……しかも、その相手がノヴァ・ブリュイだと? ふざけるのも大概にしてくれ!」
フランツが声を荒らげる。
瞳に妄執の色を浮かべて、噛みつくように叫んできた。
「僕だって、最初は過去への回帰が正しいと思っていたさ! 魔女の災厄があった事実を消し去るべきだと思っていた! だけど……その先にあったのは冷たく無価値な絶望だった!」
「絶望……?」
「僕だけじゃない、アリアだってそうだ! どうして、どうして、世界を救ったはずの僕達がこんな扱いを……!」
「お話し中、失礼……フランツ王子殿下、どうかされましたかな?」
「!」
そこで第三者の声が割って入ってきた。
マルスとフランツが同時に振り返る。そこには白髪混じりのヒゲを蓄えた老紳士が立っている。
「ボードブル大使……」
フランツがバツの悪そうな顔でつぶやく。
現れた老紳士はマルスの知らない人物だったが、フランツの知り合いのようである。
「声は聞こえませんでしたが、貴方が怒鳴っている姿がパーティー会場からも見えましたぞ。よもや王家の離宮で開かれている侯爵家のパーティーで騒ぎを起こしているのですかな?」
ボードブルと呼ばれた人物がヒゲを撫でながら、どこか不快そうにフランツを睨む。
ここに張られている結界は防音のためのもの。音を阻害するが、周りの目から内部の光景までは隠してくれない。
マルスに向けて怒鳴っていたフランツの姿……テラスで起こっていたおかしなやり取りに、パーティー会場から複数の人間が怪訝そうに目を向けてきている。
「僕は別に……ただ、彼と話をしていただけだ……」
フランツは視線の追求から逃れるように目を伏せて、言い訳をするように口を開く。
しかし、ボードブルはなおも追求する。
「【結界】の権能を使っているように見えましたぞ? まさか、王家相伝の力を私的に利用して、他国の貴族に迷惑をかけていたのではないでしょうな?」
「迷惑など……」
「貴方がどうしてもと仰るので、パーティーに参加させていただけるように頭を下げたのです。私の顔に泥を塗るような真似はお控えください」
「…………」
フランツが唇を噛んで、握りしめた拳を震わせる。
顔を真っ赤にさせて黙り込んでいたが……やがて、テラスから大股で歩き去っていく。
「申し訳ございません、ヴォルカン侯爵子息殿。我が国の王子が無礼をしてしまいましたかな?」
「いや、別に無礼があったとは思っていない……」
無礼よりも許せない発言はあったが。
マルスは先ほどのフランツの様子に困惑しつつ、とりあえず目の前の老紳士の素性を訊ねることにした。
「それよりも、貴殿は? バラセアン王国の人間だろうか?」
「挨拶が遅れました。バラセアン王国より参りました、駐在大使を任せられていますボードブル伯爵と申します」
「駐在大使……?」
駐在大使とは、他国に常駐して、その国との交渉を行う外交責任者のことである。
バラセアン王国の駐在大使ということは、王子であるフランツよりも下の立場ということになる。
(だが……先ほどのやり取り。上下関係が逆のように見えたが……?)
「ヴォルカン侯爵殿とは長い付き合いでして、その縁で此度のパーティーに参加させていただきました。改めまして、婚約おめでとうございます」
「ああ……ありがとう」
「フランツ殿下から何か言われましたか? おかしなことを言われたのであれば、改めて謝罪をさせていただきますが……?」
「謝罪はいらない……だが、彼がどうしてここにいるのか話してもらいたい。隣国の王子がパーティーに参加するなどとは聞いていないが?」
他国の王族が来訪しており、おまけにパーティーに参加してきているのだ。
事前に知らせの一つや二つ、あってもおかしくはないはず。
「申し訳ございません。殿下は外遊がしたいと言い出して、突然この国にやってきたのです。どうしてもパーティーに参加したいと訴えるので、ヴォルカン侯爵に頼んで参加させていただいたのです……まさか、貴殿に絡むようなことをするとは思いませんでした」
ボードブルの顔は不愉快を隠そうともしないもの。
明らかに、フランツに対して好意的な感情を抱いていないのは明白だった。
「彼と何かトラブルでもあったのですか? 随分と嫌っているように見えますが?」
「それは……いや、失礼。内輪のことです。忘れてください」
ボードブルが首を横に振る。
表情はいくらか柔らかくなったものの、フランツについてこれ以上、話すつもりはなさそうである。
(妙な反応だな。奴に何かあったのか……?)
せっかく、めでたい日だというのに……招かれざる客によって台無しにされてしまった気分だ。
マルスは二言三言ボードブルと会話をしてから、両親と一緒にいたノヴァのところに戻った。
「あ、マルス様! おかえりなさい!」
「ノヴァ……!」
ノヴァが花のような笑顔で出迎えてくれる。
フランツのせいで落ち込んでしまった気分が、ノヴァの笑顔を見ただけで軽やかになった。
我ながら単純なことだと呆れながら、とりあえずは今日という日を楽しもうとフランツのことを頭から追い出したのである。
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