第3話


 エルバト方面に長期訪問していた第二王子リュティスがサンゴールに帰還したのは、メリクが丁度宮廷魔術師としての研修期間を終え、城に戻ってから一週間後のことだった。


 メリクにとって正式な宮廷魔術師として出席する公の行事が、第二王子の帰還式となったのは、何とも皮肉なことだっただろう。


 十六歳。


 その頃には、メリクは度々自分はどうやら相当運命の女神に嫌われているらしいと、そんな意にそぐわない展開の多さに何度も心に思うようになっていた。


 特にリュティスとの間にはどうしてもしっくり来ないような、会いたい時に会えないかわりにどうしてこの時に会うのかと思うようなことが幾度もある。

 すでにそういうものだと諦め始めたとはいえ、数ヶ月ぶりにリュティスの姿を見る事が出来ることはとても嬉しいことだったが、公の行事としては会いたくなかったような……何とも複雑な心境だったのである。



「メリク、まだここにいたのか」



 宮廷魔術師の本拠地である、魔術学院に隣接する研究棟――通称【知恵の塔】の一室にメリクの姿を見つけた宮廷魔術師マティアス・オルフェウスは声をかける。


 彼はメリクの友人である魔術学院生イズレン・ウィルナートと仲が良い友のうちの一人だった。いつも四人組でいるが、宮廷魔術師になっているのは彼だけである。

 メリクが宮廷魔術師になるとイズレンが「色々と教えてやってくれ」と頼んでくれたらしく、ことあるごとにマティアスはメリクに声を掛けて来てくれる。

「もうそろそろガーデンに行かないと。港にもう殿下の船はついてるんだぜ」

「あ……ごめん」

 ぼんやりと神学室の壁に描かれている光の神【シア】の絵を見上げていたメリクは、ハッとして背をもたれ掛けていた椅子から離す。

「ほら服装もちゃんとしろ」

 深緋の外套を外したまま肩にかけているメリクに、マティアスは呆れて歩いて来ると金具で留めてやる。

「ごめん。ありがとう」

「やれやれ。女王陛下の養子同然な男が宮廷魔術師団に入って来るというからこっちはそれなりに緊張してたんだぜ。ウィルナートから聞いてはいたけどお前という奴は……案外ぼーっとしてるんだな」

 研修期間中、先輩としてメリクについていてくれたマティアスは、すでにメリクの本質を見抜いたような顔をして、苦笑しながら彼の服を整えてやる。


「ほら、出来た。行くぞ。今日はお前のお師匠の帰還だろ。あの第二王子を公に師と呼べるのはサンゴールではお前さんだけなんだぜ」


 長い廊下を歩きながら、メリクは腰に下げていた銀の杖を見る。

 これと胸の金章は宮廷魔術師である証である。


「我が第二王子殿下は旅先で何ともなかったのかな」

 メリクが首を微かに傾げると、マティアスが自分の指で目を指差した。

「ああ……」


 リュティス王子の【魔眼まがん】。


「内外に知れ渡っているからな、あの王子がその気になれば視線を合わせるだけで人の命をさ……」

 メリクは立ち止まる。

 マティアスも気づいて振り返った。

「メリク?」

「…………そういう話題は、嬉しくない」

 メリクの視線が床に落ちたままだった。

 マティアスはハッとしたようだ。

「あ、すまん……」

「……その話が本当なら、僕はここにはいないよ」


 リュティスが明らかに【魔眼】で人に害を成したのは一度だけ。

 それも遠い昔、彼がまだ子供だった頃のことだ。

 それでもリュティスの人間は、まるで昨日のことのように第二王子はそうなのだからと話すのだった。


 もしリュティスがここの人間達が言うように、その時々の気分で魔力を暴走させ人を殺すような人間だったら、幼い頃から彼に教えられて育った自分は、ここにいないはずだとメリクは思っている。


「そうだな。ただの噂だ、すまない」

「……。」

「ほら、行こう。お前が宮廷魔術師になったこともまだ知らんのだろう。冷厳の魔術師といえども唯一の弟子の晴れ姿は喜んでくれるんじゃないのか?」

「うん……」

 メリクは返事をして歩き出したが、心は晴れることは無かった。


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