断罪イベントで王子に婚約破棄された悪役令嬢(推し)を、モブ護衛騎士の俺が全力で幸せにする!…と意気込んでいたら、何故か彼女に溺愛されてるんだが!?
☆ほしい
第1話
「はぁ……」
何度目かわからないため息が、薄暗い騎士団の仮眠室にこぼれ落ちた。俺、レオン・バーンズは、しがないしがない護衛騎士である。いや、正確には「なってしまった」と言うべきか。
前世の記憶が蘇ったのは、確か高熱で三日三晩うなされた後だった。
日本のどこにでもいる平凡な会社員だった俺が、目を覚ましたら剣と魔法のファンタジー世界、しかも前世でどハマりしていた乙女ゲーム『クリスタル・ラビリンス ~恋の花咲く王宮で~』、略して『クリラビ』の世界に転生していたのだから、たまったもんじゃない。
しかもだ。転生先がゲームの主人公でも、攻略対象のイケメン王子でもなく、悪役令嬢イザベラ・フォン・ヴァインベルク様の、名もなきモブ護衛騎士の一人だなんて。
いや、モブと言っても、一応シナリオには名前くらいは出てくる、か? 確か、断罪イベントの時にイザベラ様を見限って、王子側につくクソ野郎だったような……。
「冗談じゃねぇぞ、マジで……」
思わず悪態が口をつく。もし俺が、あのシナリオ通りのクソムーブをかますモブ騎士だとしたら、それこそ死んでも死にきれない。だって、俺は……俺は、イザベラ様の大ファンだったのだから!
『クリラビ』は、いわゆる王道の乙女ゲームだ。平民出身の主人公が、魔法学園に入学し、持ち前の明るさと健気さでイケメン王子や騎士団長、天才魔術師たちの心を掴んでいく物語。
そして、その過程で必ずと言っていいほど邪魔をしてくるのが、悪役令嬢のイザベラ様だった。
高慢で、ワガママで、ヒロインをいじめ抜く。それがゲーム内での彼女の評価。
だが、俺は知っていた。彼女のそういった行動の裏には、公爵家令嬢としての重圧、王子への一途すぎる想い、そして何より、不器用な優しさがあることを。
追加コンテンツやファンブックを読み漁って見つけた、彼女の隠された設定や心情を知った時、俺は完全にイザベラ様推しになった。
だからこそ、許せない。ゲームのシナリオ通りなら、イザベラ様は卒業パーティーの場で、王子から婚約破棄を突きつけられ、これまでの悪行の数々を糾弾される。そして、最後には国外追放か、良くて修道院送りという悲惨な末路を辿るのだ。
「そんな未来、絶対に阻止してみせる……!」
拳を握りしめ、俺は固く誓った。幸い、まだ断罪イベントまでは時間がある。確か、ゲームの開始時期は、主人公が学園に入学する春。今はその少し前、冬の終わり頃のはずだ。
俺の今の立場は、イザベラ様の護衛騎士。常に彼女の傍にいることができる。これはチャンスだ。
彼女が破滅フラグを立てるような行動を未然に防ぎ、少しでも良い方向に導く。そして、あわよくば……いや、それはおこがましいか。
とにかく、イザベラ様が笑顔でいられる未来を作る。それが、モブ護衛騎士レオン・バーンズに転生した俺の使命だ。
「レオン、ぼさっとしてないで、そろそろ交代の時間よ」
仮眠室の扉が開き、同僚の女性騎士、アンナが顔を覗かせた。彼女は、俺と同じくイザベラ様の護衛騎士の一人で、面倒見の良い姉御肌だ。
「ああ、すまんアンナ。すぐに行く」
俺は慌てて立ち上がり、剣を腰に差した。よし、気合を入れろ、俺。これからが本番だ。
イザベラ様の護衛任務は、主に彼女が王宮内や自身の屋敷で過ごす際の警護だ。今日は、彼女が王宮の図書室へ向かうというので、その道中と図書室内での警護が主な任務となる。
「イザベラ様、準備はよろしいでしょうか」
屋敷の自室から出てこられたイザベラ様に声をかける。夕陽のような燃える赤髪に、意志の強そうな翠色の瞳。今日も今日とて、イザベラ様は美しい。思わず見惚れてしまいそうになるのを、ぐっと堪える。
「ええ。行きましょう」
イザベラ様は、いつも通り少しツンとした態度でそう言うと、先に歩き出した。その後ろを、俺とアンナが左右に分かれて続く。これがいつもの光景だ。
王宮の廊下を歩きながら、俺は必死に頭を回転させていた。これから起こりうるイベント、立てられそうなフラグ……。何か見落としはないか。どうすれば、イザベラ様を守れる?
(そうだ、確かこの時期、図書室でヒロインと王子が偶然出会って親密になるイベントがあったはず……。それを阻止できれば、少しは流れを変えられるか?)
ゲームの知識が、今の俺にとって最大の武器だ。それを最大限に活用しなければ。
図書室に到着すると、イザベラ様は目当ての本を探しに書架の間へと入っていった。俺とアンナは、入り口付近で待機する。
(よし、今のところ特に異常はなし。王子もヒロインもいない。このまま何事もなければ……)
そう思った矢先だった。
「きゃっ!」
書架の奥から、イザベラ様の短い悲鳴が聞こえた。俺は反射的に駆け出す。
「イザベラ様!?」
声のした方へ向かうと、イザベラ様が床に座り込み、足元には数冊の本が散らばっていた。どうやら、高い場所の本を取ろうとして、バランスを崩したらしい。
「大丈夫ですか、お怪我は!?」
俺は慌ててイザベラ様の前に跪き、彼女の様子を窺う。幸い、大きな怪我はなさそうだ。
「だ、大丈夫よ。少し驚いただけ……」
イザベラ様は、少し顔を赤らめて俯いている。ああ、もう、そんなところも可愛らしいなんて……じゃなくて! 今はそれどころじゃない。
「足首を捻ったりはしていませんか?」
俺は心配になって、彼女の足首にそっと手を伸ばそうとした。その瞬間。
「なっ……! あなた、何を……!」
イザベラ様が、顔を真っ赤にして俺の手を振り払った。え、なんで?
「わ、私の足に気安く触れようとするなんて……! あなた、それでも騎士なの!?」
ものすごい剣幕で睨まれてしまった。いや、俺はただ心配で……。
「も、申し訳ありません! ご無礼を……!」
俺は慌てて頭を下げる。しまった、貴族の令嬢に対して、いきなり足に触れようとするのはマズかったか。前世の感覚で、つい……。
「……別に、怒ってはいないわ」
しばらくの沈黙の後、イザベラ様がぽつりと言った。顔はまだ赤いけれど、先程のような怒気は感じられない。
「ただ……その……驚いただけだから」
そう言って、イザベラ様はそっぽを向いてしまった。あれ? なんか、思ってた反応と違うような……。もっとこう、罵倒されるかと思っていたんだが。
「立てますか?」
俺は改めて手を差し伸べる。今度は、普通に手を取ってくれた。
「ありがとう」
小さくお礼を言われ、俺は少し戸惑う。イザベラ様が、こんな素直にお礼を言うなんて、珍しいな。
「高い場所の本は、これからは私にお申し付けください。それが護衛の役目ですから」
俺は努めて冷静に、そう告げた。少しでも、頼りになる護衛だと思ってもらわなければ。
「……そう。なら、あれを取ってちょうだい」
イザベラ様が指差したのは、書架の一番上の棚にある、分厚い魔導書だった。あれは、確かに一人で取るのは大変そうだ。
「かしこまりました」
俺は頷き、その本に手を伸ばす。よし、ここで格好良く本を取って、少しでもイザベラ様の信頼を得るんだ! そう意気込んで本を掴んだ瞬間、ぐらりと、足元の床が軋むような感覚がした。
いや、感覚じゃない。実際に、俺が乗っていた小さな踏み台が、バランスを崩して傾き始めたのだ。まずい、このままでは……!
「危ないっ!」
とっさに本を抱え込み、体勢を立て直そうとしたが、間に合わない。俺の体は、ゆっくりとイザベラ様のいる方へと倒れ込んでいく。
(うわああああっ! イザベラ様あああああっ!)
心の中で絶叫しながら、俺はせめてイザベラ様に怪我がないようにと、彼女を庇うように倒れ込んだ。衝撃に備えて、ぎゅっと目を瞑る。
だが、予想していた衝撃はいつまで経ってもやってこなかった。代わりに、ふわりと、何やら柔らかい感触と、甘い香りに包まれたような……。
「……大丈夫?」
耳元で、イザベラ様の声が聞こえた。恐る恐る目を開けると、そこには、信じられない光景が広がっていた。
俺は、イザベラ様に抱きとめられていた。いわゆる、お姫様抱っこの体勢で。いや、俺がイザベラ様を、じゃなくて、イザベラ様が俺を、だ。
「え……あ、あの……イザベラ、様……?」
状況が理解できず、俺は完全にフリーズする。だって、あの悪役令嬢イザベラ様が、屈強な(自分で言うのもなんだが)護衛騎士の俺を、軽々とお姫様抱っこしているなんて、ありえないだろ!?
「あなたこそ、大丈夫? 怪我はない?」
イザベラ様は、心配そうに俺の顔を覗き込んでくる。その表情は真剣そのもので、からかっている様子は一切ない。
「あ、はい……俺は、大丈夫です……。それより、イザベラ様こそ……重いでしょう、俺……」
慌てて身を捩ろうとするが、イザベラ様の腕はびくともしない。それどころか、さらに強く抱きしめられたような気がする。
「平気よ。あなた、見た目より軽いのね」
イザベラ様は、こともなげにそう言って微笑んだ。その笑顔は、いつもの刺々しいものではなく、どこか慈愛に満ちた、女神のような微笑みだった。
(え、何これ……どういう状況……?)
俺の頭は、完全にキャパオーバーを起こしていた。確かに、ゲームのイザベラ様は、実は怪力だという裏設定があったような気もするが……まさか、ここまでとは。
「それにしても、レオン。あなたは本当に……」
イザベラ様が、何かを言いかける。その言葉の続きを、俺はゴクリと息を飲んで待った。もしかして、ここで好感度が上がるイベントか? いや、でも、俺はドジを踏んだだけだし……。
「……本当に、私のことを守ろうとしてくれるのね」
イザベラ様は、どこか恍惚とした表情で、そう呟いた。
え? 守ろうとした? いや、確かに結果的にそうなったかもしれないけど、俺はただ単にバランスを崩して……。
「まさか、私のために自ら盾になろうとするなんて……。あなたのような騎士がいてくれて、私は本当に心強いわ」
いやいやいや! 誤解です、イザベラ様! それは完全なる事故でして!
「特に今のあなたは、私にとって一番頼りになる騎士かもしれないわね」
イザベラ様の言葉に、俺は冷や汗が止まらなくなる。なんだか、とんでもない勘違いをされている気がする。しかも、ものすごく良い方向に。
「あ、あの、イザベラ様、そろそろ降ろしていただいても……その、他の者に見られると……」
さすがにこの体勢はまずい。誰かに見られたら、あらぬ噂を立てられかねない。
「そうね。残念だわ」
イザベラ様は、名残惜しそうにそう言うと、ようやく俺を床に降ろしてくれた。ふぅ、助かった……。
「ありがとう、レオン。あなたがいてくれて、本当に良かったわ」
イザベラ様は、俺の手を両手でぎゅっと握りしめ、熱のこもった瞳で見つめてくる。その瞳は、以前よりもずっと優しく、そして何というか……キラキラしているように見えた。
(あれ……? もしかして、俺、なんかものすごいフラグを立てちゃった感じ……?)
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