第31話

ゼフィルス様は、俺が作り出した七色の花を前に、まるで少年のように瞳を輝かせ、興奮を隠しきれない様子で研究に没頭していた。

彼はその場で、早速花びらの一部を採取し、王都から持ち帰った専用の器具で、成分の分析を開始する。


「アルス殿! 信じられん……! この花びらには、あらゆる病気や怪我を治癒する成分が、完璧なバランスで含まれておる!

まさに、我々が目指していた『究極のポーション』の原料そのものじゃ!」


ゼフィルス様は、感動のあまり、震える声でそう言った。

俺も、自分のスキルが、これほどの奇跡を生み出せるとは思っていなかったので、少しばかり驚いている。


「だが、問題が一つある」


ゼフィルス様は、少しだけ顔を曇らせて言った。


「この花は、あまりにも強力な生命力を秘めておる。

それをポーションとして調合するには、非常に高度な技術と、そして膨大な魔力が必要となる。

王都の研究所では、調合に成功はしたが、その工程には、複数の凄腕の薬師が、昼夜を問わず付きっきりで当たらねばならぬほどの労力が必要だった。

これでは、量産化は難しい……」


なるほど、そういった問題もあるのか。

俺のスキルは、素材を生み出すことには長けているが、それを加工する段階までは、まだ干渉できない。

そこは、ゼフィルス様たち、専門家の力が必要になる部分だ。


「ふむ……何か、俺にできることはないでしょうか?」


俺は、ゼフィルス様の困った顔を見て、そう尋ねた。

すると、リリアーナ王女が、何かを思いついたかのように、ぱっと顔を上げた。


「アルス様! もしかしたら、クロの力がお役に立てるかもしれませんわ!」


「クロの力、ですか?」


「はい! クロは、ただ火を吹けるだけでなく、その火力を自在にコントロールすることができますわ。

そして何より、あなた様が育てた作物や薬草から、クロの体には、絶大な生命エネルギーが満ち満ちています。

その力を使えば、もしかしたら……!」


リリアーナ王女の言葉に、ゼフィルス様も、ハッとしたようにクロの方を向いた。

クロは、俺たちの会話を、じっと真剣な表情で聞いていた。


「クロ、できるか?」


俺がそう尋ねると、クロは、力強く「きゅい!」と鳴き、俺の足元にすり寄ってきた。

その瞳には、やる気と、そして俺の役に立ちたいという、強い意志が宿っている。


「よし、やってみよう!」


俺たちは、早速実験を開始した。

ゼフィルス様が調合の準備を整え、その中心に、七色の花の花びらを数枚置く。

そして、俺はクロに、花びらに向かって、できるだけ優しく、そして温かく、火を吹くように指示した。


「きゅるる……」


クロは、俺の指示通り、小さな口から、まるで春の陽光のような、柔らかな、そして温かい炎を、ふわりと花びらに吹き付けた。

すると、どうだろう。

花びらが、クロの炎と生命エネルギーを吸収し、みるみるうちに溶け出し、純粋な液体へと変わっていく。

その液体からは、ゼフィルス様が王都で調合に成功した時よりも、さらに強力で、清らかな魔力が放たれていた。


「こ、これは……! 驚異的じゃ……!

クロ殿の炎は、ただ花びらを溶かすだけでなく、その生命力をさらに引き出し、活性化させておる……!

しかも、この調合速度……! これならば、量産化も夢ではありますまい!」


ゼフィルス様は、再び感動の涙を流していた。

クロの能力は、俺の想像を遥かに超えるものだったようだ。


こうして、俺の拠点に、七色の花を原料とした『究極のポーション』の調合所が、新たに建設されることになった。

建設作業は、バルトロさん率いる最高の建築士たちが、再び猛烈な勢いで進めてくれる。

そして、調合の中心には、クロが立つことになった。

クロは、自分がその大役を任されたことに、とても誇らしげな様子で、俺の周りをぴょんぴょんと跳ね回っていた。


「すごいな、クロ。お前もいよいよ、世界の医療を背負う、大役を任されたな」


俺がそう言って頭を撫でてやると、クロは嬉しそうに「きゅいーん!」と鳴き、俺の手に顔をすり寄せた。

俺とクロ、二人の相棒が、力を合わせれば、どんな困難な問題も解決できる。

その確信が、俺の胸に、また一つ、大きな自信を与えてくれた。


『究極のポーション』の量産体制が整いつつある中、俺は、新たな問題に直面していた。

それは、ポーションの容器だ。

ポーションの持つ強力な生命力と魔力は、通常のガラス瓶では、その力を損なってしまう恐れがあるという。

ゼフィルス様は、王都の最高のガラス職人に、特殊な魔導具を施した瓶を作らせようとしていた。

しかし、それでは、量産には時間がかかりすぎる。


「うーん、何か、他に方法はないものかな……」


俺は、工房で頭を悩ませていた。

その時だった。

工房の片隅で、クロが、何やら熱心に、俺が以前拾ってきた、何の変哲もない石ころを、じっと見つめている。


「どうした、クロ。そんな石ころ、どこにでもあるじゃないか」


俺がそう言うと、クロは、その石ころを、俺の目の前まで運んできた。

そして、俺の顔と石ころを交互に見て、何かを訴えるように「きゅるる」と鳴いている。


「ん? この石が、どうかしたのか?」


俺は、クロの言葉が理解できずに、首を傾げた。

すると、クロは、俺の顔に少し呆れたような表情を浮かべると、その石ころを、自分の小さな口で、ぱくりと咥えた。

そして、次の瞬間。

クロの口から、ふわりと温かい炎が放たれ、その炎に包まれた石ころが、みるみるうちに形を変えていく。


まるで、陶器を作るかのように、石ころは滑らかな丸みを帯び、そして、透明な、美しい、琥珀色の瓶へと変化したのだ。


「な……!?」


俺は、目の前で起きた超常現象に、言葉を失った。

クロは、その琥珀色の瓶を、誇らしげに俺に差し出す。

その瓶からは、俺が育てた七色の花と同じ、清らかな魔力が放たれていた。


「クロ……お前、そんな能力まで……!?」


クロは、得意満面に胸を張り、俺の頭を撫でろとせがんできた。

俺は、その頼もしい相棒の頭を、思い切り撫でてやった。

これで、『究極のポーション』の容器の問題も、完璧に解決した。


クロの炎と俺の育てた七色の花が、この世界の医療を、そして人々の生活を、根本から変えていく。

その確信が、俺の胸に、また一つ、大きな希望の光を灯してくれた。


「きゅいーん!」


クロは嬉しそうに声を上げ、俺の体にすり寄ってきた。

この小さな相棒がいる限り、俺たちの未来は、どこまでも明るく、希望に満ちているだろう。

そんなことを思いながら、俺は、完成したばかりの琥珀色の瓶を、そっと手に取った。

その温かさが、俺の心に、そっと染み渡っていく。

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