第24話
リリアーナ王女の帰還は、俺の拠点に新たな熱気をもたらした。
数日ぶりに見る彼女の姿は、以前よりもさらに自信と気品に満ち溢れ、一国の王族としての威厳を輝かせているように見えた。
彼女を出迎えたのは、俺やクロ、そして常駐の騎士たちだけではない。
この地に滞在している、近隣諸国の使節団の代表者たちも、エルグランド王国の王女の到着を、緊張と期待が入り混じった面持ちで見守っていた。
「まあ……! アルス様、皆様、ただいま戻りましたわ!」
馬車から降り立ったリリアーナ王女は、まず目の前に広がる光景に、驚きで目を見開いた。
彼女が旅立つ前は、まだ基礎工事が始まったばかりだったこの場所が、今や巨大な研究所の骨組みが立ち並び、数えきれないほどの人々が活気よく働く、一大拠点へと変貌を遂げているのだ。
「すごい……! なんという活気、なんという発展……! まるで、新しい都市が生まれようとしているかのようですわ! これも全て、アルス様のお力があってこそですわね!」
リリアーナ王女は、心からの笑顔で俺に駆け寄ってきた。
その瞳は、尊敬と、そして親愛の情でキラキラと輝いている。
「王女殿下こそ、長旅お疲れさまでした。王都での首尾は、いかがでしたか?」
俺がそう尋ねると、彼女は待ってましたとばかりに、興奮気味に語り始めた。
「ええ、聞いてくださいまし、アルス様! あなた様とゼフィルス様がお作りになった治療薬は、まさに奇跡そのものでしたわ! 王都の病院で、死の淵をさまよっていた紫斑熱の患者たちが、あの薬を投与された途端、まるで悪夢から覚めるように回復していったのです! その光景を見た医師や民衆は、皆、涙を流して神に感謝し、そして『辺境の聖者アルス様』の名を讃えておりましたわ!」
リリアーナ王女は、まるで自分のことのように、誇らしげに胸を張る。
その報告に、周囲で聞き耳を立てていた各国使節団の代表者たちからも、「おお……!」というどよめきと感嘆の声が上がった。
「ゼフィルス薬師長も、アルス様にくれぐれもよろしくお伝えするようにと、手紙を預かっております。彼は今、王都で治療薬のさらなる分析と、量産に向けた準備に奔走しておりますが、その目は生涯で最も輝いていると、もっぱらの評判ですわ」
そう言ってリリアーナ王女から渡された手紙には、ゼフィルス様の丁寧な文字で、俺への尽きせぬ感謝と、研究者としての純粋な興奮が、熱っぽく綴られていた。
自分の力が、こうして多くの人々を笑顔にし、希望を与えているという事実は、俺の胸を温かいもので満たしてくれる。
「それで、アルス様。わたくしが留守の間に、ゼフィルス薬師長が危惧していた『特異な体質』の問題は、何か進展がございましたか?」
リリアーナ王女が、少しだけ真剣な表情で尋ねてくる。
俺は、自信を持って頷いた。
「ええ、もちろんです。王女殿下、そして使節団の皆様、こちらへ」
俺は一行を、臨時で研究室として使っているテントへと案内した。
そこには、各国の学者たちが、熱心に何かの研究を続けている。
そして、その中央のテーブルに置かれた、一つの植木鉢。
そこに咲く、神々しい黄金色の花を見た瞬間、リリアーナ王女は息を飲んだ。
「まあ……! なんと美しい花なのでしょう……。見ているだけで、心が安らぎますわ……」
「これは、俺が新しく生み出した、『黄金の花』です」
俺は、この花が持つ驚くべき特性について、ゆっくりと説明を始めた。
患者の体質に合わせて薬効成分を自動的に最適化する、万能適応型の奇跡の薬草であること。
これさえあれば、ゼフィルス様が懸念していた問題は、完全に解決されるであろうこと。
俺の説明を聞き終えたリリアーナ王女と使節団の一同は、もはや驚きを通り越して、呆然としていた。
「そ、そんな……神話の中にしか存在しないような植物を、アルス様は、いとも簡単に……?」
「もはや、奇跡という言葉すら陳腐に聞こえる……。このお方は、本当に我々と同じ人間なのだろうか……」
彼らの視線は、俺に対して、畏怖と、そして絶対的な信仰の色を帯び始めていた。
やれやれ、また少しやりすぎてしまったかもしれないな。
まあ、今さらどうしようもないか。
そんな荘厳な雰囲気を、ふわりと和ませてくれたのは、俺の相棒のクロだった。
クロは、リリアーナ王女の姿を見つけると、嬉しそうに駆け寄り、その足元にすり寄った。
「まあ、クロ! あなたも元気そうでしたのね! しばらく見ないうちに、また少し大きくなったかしら?」
リリアーナ王女は、優雅にしゃがみ込むと、クロの頭を優しく撫でた。
クロは、気持ちよさそうに目を細め、そして、俺が最近教えたばかりの言葉を、得意げに披露してみせた。
「きゅる……リ、リ・ア・ナ!」
たどたどしいながらも、はっきりとリリアーナ王女の名前を呼んだのだ。
その瞬間、リリアーナ王女の顔が、ぱあっと輝いた。
「まあ! クロ、今、わたくしの名前を……! なんて賢くて、愛らしいのでしょう!」
リリアーナ王女は、心の底から感激した様子で、クロをぎゅっと抱きしめた。
王女としての威厳はどこへやら、その姿は、まるで可愛いペットにメロメロになっている、ごく普通の女の子のようだ。
クロは、美しい王女に抱きしめられて少し照れているのか、もじもじとしながら、お礼のつもりなのか、小さな口から、ふわりと温かい風を吐き出した。
その風は、リリアーナ王女の銀色の髪を優しく揺らし、周囲には花の蜜のような甘い香りが広がった。
「あら、まあ……。クロの吐く息は、こんなに温かくて、良い香りがするのね……」
リリアーナ王女は、うっとりとした表情で、クロをさらに強く抱きしめる。
その微笑ましい光景に、張り詰めていたテントの中の空気は完全に和み、各国代表たちからも、温かい笑みがこぼれていた。
やはり、クロは俺の拠点にとって、最高の癒やしであり、外交官だな。
和やかな雰囲気に包まれる中、俺とリリアーナ王女、そして各国使節団の主要な代表者たちは、改めて席に着いた。
いよいよ、リリアーナ王女が手紙に記していた、「重大な提案」が明かされる時が来たのだ。
リリアーナ王女は、先ほどの少女のような表情から一変し、再び王女としての凛とした顔つきに戻っていた。
その真摯な眼差しに、テントの中には、心地よい緊張感が再び満ちていく。
一体、彼女は何を提案するつもりなのだろうか。
俺は、静かに彼女の言葉を待った。クロも、何かを察したのか、俺の膝の上で静かに丸くなっている。
世界が、そして俺の運命が、また大きく動き出そうとしていた。
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