欲界

15.成り代わりについて

『お集まりいただき、ありがとうございます』

『おう……』

『これで全員ぜーいんですか』

『………』

『よろしくお願いします』

『ああ、……いや、誘って頂いたのは、正直なところ光栄なのだが……』


 ギリギリーは、自分以外のメンバーを総浚そうざらいする。

 レイド、ドク、ムクロ、ステンレス。

 

 招集しょうしゅうしたクロネコと、彼自身を入れて、計6名。


『一体、これは……?』

『これから私がご相談することを、どうか笑わないで、聞いて欲しいのですが……』


 一人ずつに顔を向け、それから一度深く息を吸い、



『「成り代わりの怪」、それを倒す方法を、考えたいんです』



 ともすれば正気を疑われる議題を、決然けつぜんと立ち上げた。


『「成り代わり」ぃ……?』

『……クロネコ嬢、どういうことかね?』


 レイドとギリギリーが、いぶかしげな声を上げる。

 それ以外も、アバターの表情には反映されていないが、押し黙って困惑を示した。

 

『「倒す」……と言うと少し、違ってしまうかもしれません。なんと言いますか、「解決」、そう、解決の為に、お力添ちからぞえを頂きたいのです』


 少しだけ現実味が濃くなったものの、まだ「何言ってるんだ感」の方が強い。

 もし創作ならこの始まり方だけで、即行で読者視聴者を興醒きょうざめさせたことだろう。


『成り代わりのなんとやらが、アンタを襲ってる、ってことですか?VRで?それとも、リアルで?』


 「彼女にしては」という但し書きが付くが、ドクが言葉を選んでたずねる。


『そこも含めて、ハッキリさせたいのです。私の身の周りで起こっていることが、全て繋がっているのか、それとも私が勝手に見ているストーリーなのか、ご判断頂いた上で、この“おそれ”を解消したいんです』


 そして、それは何らかの犯罪の連続なのか?

 しくは、本物の悪意的怪奇なのか?


『VRで起こった不思議と、クロネコさんの通常の生活と、ソノ、なにか、関連してる、かも、ですか……?』


 ムクロがダンベルめいた重さの口を開き、クロネコが大きく頷く。


『私はリアルの方で、「人と成り代わるもの」の恐怖の渦中にあります。それが居るかどうかは別として、それを脅威と考える人々が起こす騒動が……』

『その影響が、無視できないほど、大きいものになっている?』

『そうです』


 そして彼女の周囲は、「成り代わり」を恐れる友人知人達は、対抗策を得ようとして、「ミフクさま」という正体不明の概念に頼り始めた。


『ですが、』

『そうか、それでか』

『ミフクが「成り代わり」だって話にガタガタ言ってたのは、そういうことですか』


 ギリギリーとドクが得心いったような声を出し、他も腑に落ちたのか声を上げなかった。


『そしてつい先日の、トリプルゼータさんの件です。様子がおかしくなったと思ったら、次に来た時は“人が変わった”ように平然としていて、けれど謎のユーザーが、“ミフクさま”という名を出した途端——』

『あの狂乱ぶり、か……』


 偶々たまたまとも繋がり過ぎとも言えるような、絶妙な辻褄の合い方をしている。

 少なくとも彼女の理性は、それらを一本にまとめようとしてしまっている。


『科学でも、宗教でも、怪奇でも、何でも構いません。「成り代わり」が居るでも居ないでも、結論を出したいんです』


 だからあの独演会場のメンバーで、よく話す人間の中から、有益な情報を落としそうな人間を選び、声を掛け、そしてこの、“クロネコの聖域”と名付けた別の部屋に集まってもらった。


 森の中にぽっかり開いた平地の四方に、注連縄しめなわが渡され囲まれているこの内観は、クロネコに相談されたステンレスが紹介したものである。見た目だけであっても、人の意識がそれを「結界」と認識するなら、何かしら効果が期待できるかも、とのこと。


 人選で重視したのは、「有り得ない」と一笑いっしょうして終わるのでなく、有り得ないことは有り得ないなりにどう「有り得ない」のかを、その場で滔々とうとうと語りたがるタイプ。


 ただムクロに関しては口数ではなく、要所要所で鋭い指摘によって論旨ろんし穿うがつ、その頭の回転を評価した。

 正直、内気な彼女が誘いに乗ってくれないことへの覚悟もしていたが、幸いにも招待に応じてくれている。


『本当はアルトゥルさんもお呼びしたかったんですけど、独演会場に来なくなってしまって……』

『あれは布教が目的だから、部屋の人口が減ったら自然と去るだろうな』

『別にいーだろ、陰謀論者アノンなんかてにしてると、どっかで痛い目見るぜ?』


 とは言え、この部屋に設定された命題自体が陰謀論的である。

 だからギリギリーも、折角せっかくクロネコに頼られているというのに、いつものようにアクセルベタ踏みで張り切れないのだ。


 そういう意味では、アルトゥルは適任だったのかもしれない。

 ないものねだりをしても仕方がないのだが。


『まず聞きてーんですが』


 手を挙げるドク。


『あんたに、「成り代わられた誰か」、この場合は被害者って呼んでいーのか分かんねーですけど、それに心当たりってあるんでしょうか?』


 「例えば伝聞で耳に挟んだだけの話で、『居るのかも』とビビッてる、ってことでしょうか?」、

 それはもっともな確認だった。


 学校の怪談的な、「誰々が何々なになにだったらしいよ?」というまたき情報を元に語られては、クロネコもドク達もなんとでも言えてしまう。


 「~かもねー?」「そうだねー?こわいねー?」という、議論とも呼べないフワフワしたやり取りに終始せざるを得ず、お互いに納得しようも、させようもない。


『………あります』


 果たしてクロネコは、その不毛を否定した。


『私は、ごく身近で、「中身が入れ替えられたかもしれない」人を、知っています』


 そしてこれは、主にその人物についての相談なのだ。


『人格の変化があった……と?』

『あの人は、急激に、ほんの2、3日で、全くの別人になっていました。不自然な記憶の欠落と共に』


 それは数年前のことだと言う。

 そして最近になって、「2例目」が起こったかもしれないと、彼女はそれを恐怖している。


『2例目とは?』

『そうかもしれない、というだけなんですが……。元はある人が、「自分と全く同じことを考えるアカウントを見つけた」、と言っていただけなんですが、その人が行方不明になってしまって……』


『どっちかって言うとドッペルゲンガーっぽくも聞こえるがな?』

 

 そっくりな自分に出会うと、死んでしまうという有名な都市伝説。


『ただ気になるのが、今探しているその人が、「小柄な少女」だってことなんです』

『小柄な……、!それって…!』


『はい。ゼータさんの様子がおかしくなったのは、その事件が発覚してからすぐ、1週間後くらいのことでした。その偶然が、数年前の疑惑と、先日のゼータさん、ババロアンさん、謎の第三者の一件とで挟まれて、そこに「ミフクさま」というものが出て来て……』


 分かってきた。

 彼女の中で、一連のピースが「成り代わり」の一本で繋がったのは、「最初の一件」をごくごく近辺きんぺんで目撃したからだ。



 「倒す」なら、その「最初の一人」だ。



『一人目は、なにか、変わる契機きっかけがあったとかありませんか?大きな事件とか』

『きっかけと言うなら、一つだけです。あの人は、神隠しに——』


 そこで部屋のログに、入室の通知が届いた。


『え……?』

『クロネコさん?アンタさっき我々だけだと言ってましたよね?』

『そ、そうです。他の誰にも招待なんて……』


 そのユーザーネームを見て、「ひっ!?」クロネコは喉が引きったようなを発する。


「A.MAYOI」。

 

 “ミフクさま”と繋がっているらしい、何者か。


 森の中の獣道けものみちに、場違いな質感のアバターが、ボウッと浮き彫りになり、まるでほのかな光を発しているかの如く。


 姿が完全に描画びょうがされても、そいつは無言のままだった。


 血の通わない笑みと、目が合う。


 そう、彼女の方を向いている。


 横に、そして後ろにズレる。


 ずっと、どこから見ても同じ姿を見るように、


 生気を宿さぬ少女の瞳は、正面から彼女に向かう。


 変化があったのは、大きさ。


 近付いている。


 余計な蛇行だこうなどせず、


 音もなく迫っている。


 どちらに逃げても、


 彼女の方へ、


 もっと、


 どんどん、


 大きくなる、


 近くなる………

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