13.天魔について 下

『自在天とか言うと偉い仏様みたいに聞こえますけど、魔王なんですか?』

『ええ。ですが愛の神との同一視の話からも分かる通り、普通に信仰はされてますね。釈迦の涅槃ねはん、つまり死に供養くように訪れていますし、日本国内にも第六天神社が結構あります』


『ウチのカミサマはなんでもアリかよ………』

『神仏がごっちゃになってたりとかしてるし、今更ですよそれ』

本地ほんち垂迹すいじゃくとか調べると頭爆発しますよ~?』


『寺院で第六天王を本尊ほんぞんとするものは、有名どころで言えば“観福寺かんぷくじ”だろう。何故有名か?これは“弘法大師こうぼうだいし”こと空海くうかい本尊ほんぞんとしてまつる“関東厄除かんとうやくよさん大師だいし”の一つと同名で、しかも同じ千葉県香取市にあるのだ』

『ハイハイ知っててスゴイスゴイ』


 「これくらい有名だよな?」というドヤ顔準備を敏感に察知する面々の中で、


『カンプクジ……?』


 一人、明々後日しあさっての方角にアンテナが向いている者が、何かを受信した。


『それって漢字は……』

『“観覧”の「観」に、“福はうち”の「福」だ』

『アルトゥルさん?』

『そっ、それです!』

『は?』


 黒板上の表示がイラストアプリか何かに変わり、「観福」の二文字が書かれ、その上に別の読み仮名がなが振られる。


『“観福ミフク”!“ミフクさま”とは、第六天魔王波旬のことです!!』


 これまたビミョーに生暖かい風が流れた。


『いやー……それは……』

『苦しいんじゃ、ないかなー?なんて……』

ぶってき、魔王波旬の侵略は既に始まっています!今すぐ真実に目覚めて影の権力打倒です!』


 エンジンが良い感じに温まりアクセル全開になってきた彼女を放逐ほうちくしながらも、クロネコはその連想を妙に気にしてしまう。


『仮に、それが正しかったとして、どうして波旬なんでしょうか?』

『ふむ、どうして、と言うと?』

『いえ、新しく宗教を作るにしても、そんな分かり易く「ワルい」感じの神様を、選ぶでしょうか?』


『確かにそこからおかしい話だわな』

『愛の神だから……、だったらカーマの方にフォーカスするか』

『やっぱこの説はナシですかね?』


 皆が一斉に、専門家であるステンレスへと見解を求める。


『うーん、そうですね……。誘惑する……、性質がコスいというか、セコいというか……』

『その、タケトコロテンだかっていう場所の、一応なんか支配者として、すごい力とか持ってないの?』

『それも、なーんか悪役チックなんですよね。まあ、「いつか人から欲望が消えれば絶滅する天人の生息地帯」、という思想も色濃く出ていますし……』


 「他化自在天」とは、下界の生命の快楽、よろこびを、おのが物として自由にむさぼれる者がむ場所のこと。




『ですので、「」、という意味の言葉で………』




『他者に化ける……!?』


 クロネコのアバターの下半身が一瞬だけ論理演算を振り切ってガクリと垂直に折れてしまう。


『クロネコ嬢…?』

『えっ待ってください?じゃっ、じゃあ、“ミフクさま”が、「人に成り代わる怪」なんですか……!?』

『クロネコさん、落ち着いて、“ミフクさま”が波旬とイコールというところから、未確定です』

『そっ、そうそう、アルトゥルさんが勝手に言ってるだけですから……』


 そこで新たな入室者があった。

 ログに流れた名前は二つ。


『?!??』

『えっ!??あっ、あれっ!?』

 



 「Z2Z」と「ババロ餡」。




『ちょっ、ゼータさん!?』

『生きていたのか!?』

『いや死んでたとは思わなかったけど、ええっ!?』


 鳥居を振り返ると、怪獣と魔法少女が仲良く肩を並べている。


『あっれぇ?今日は人すくな~。ふくふふ……』

『そうかぁ?ああ~、ホントだわぁ……』


 二人はにこやかとすら表現できる態度で、彼らに近付いて来る。


『ゼータさん?大丈夫でした?心配してたんですよ?』

『はぁ?なにがぁ?』

『な、なにって……』

『そ、そうだ、ステンレスさんに何か聞きたいんじゃなかったんですか?』

『ステンレスぅ?なんでぇ?』


 「ふわぁ」、と妙に間延びした欠伸の後に、

 「ズぅううう」、と詰まりを吹き飛ばすような強めの鼻呼吸。


『いやいや、この前言ってたじゃないですか!部屋に女の子がいるって!』

『女の子ぉ?ロアンのことぉ?ぐふひっ、ズズズズズッ』

『ちょっとやぁだぁ、バレちゃうでしょぉ?ふくっ、ひひひひひっ』

『なっ、ハイイイイ?』

 

 どうにも雲をつかむような気分にさせられる彼らの疑念を、ギリギリーが一言に集約した。


『酔っ払ってるのか?』


 それだけで全てが説明可能だった。


『よっ、、、、、、、、、ってないぞぉ?別にぃ、なあああ?』

『ハイ確定、こーれ酔ってます』

『ンだよ心配して損した!』


『じゃあ何か?この前のアレは、ババロアンさんがゼータさんチにお泊まりした時にハメ外し過ぎて、ついでにナニをハメて、勢いで前後不覚になるまで酔った結果、よくわかんないこと言ってたってこと?』

『確かに思い返してみると、泥酔でいすいしてる感じだわあれ!』

 

 なんたることか。

 あれだけあやしさにまみれた不審の真相は、夜の駅前ロータリーで大学生が起こす乱痴らんちさわぎと同じく、非常にしょうもない話だったのだ。


 何かを考える時、面白い方に面白い方にと寄せていって、ありもしない怪談ストーリーを作り上げてしまうという、人間の悪癖あくへきを身をもって味わう結果となってしまった。


『なぁんだよみんなしてぇ?』

『ヘハッアハッ、ウケる!なにおどろいてんのっ?』


『はーい解散解散』

『なーにが第六天魔王だよ馬鹿じゃねーの』

『全くだな』

『あなたもノリノリで解説してたじゃありませんか!』


 それぞれがホッとしたような、残念なような気分で緊張を解き、ホワホワとした二人の空気に辟易へきえきし始めたところ。


 新たな入室者。


 “A.MAYOI”。


『な』


 「なんで?」、クロネコが真っ先に反応した。

 この部屋のメンバーからすると見慣れないユーザーネーム。


『あんな人いたっけ?』

『さあ?誰が招待したんだろ?』

『こんにちはー?初めましてー。どなたのお知り合いですかー?』


 VRSのデフォルトアバターの一つ、美少女姿のそいつは、手足を動かしもせず彼らと会話できるくらい近くまで寄ってから、




『ミフクさま』




 機械音声丸出しの声で、はっきりとそう言った。


『はい?』

『ミフクさま』

『あの、ちょっと?』

『ミフクさま……、ミフクさま……、ミフクさま……、ミフクさま……、』


『ちょっ、どうする?』

追放キックした方がよくないですか?』

『って言うかなんでミフクさまの話してるって……、この中の誰かのイタズラか?』


 浮ついていたその場が、んだ夢のようにぐるぐるとき混ぜられていたその時、


『なんだよ』


 トリプルゼータが、硬いトーンを一つ振り下ろし、


『なんでだよ!』


 すぐに怒りをあらわにする。


『なんだってんだよ!』

『ミフクさま……、ミフクさま……、』

『なんで知ってんだよ!』

『ミフクさま……、ミフクさま……、』


『ああああああああ!!』


 叫びは横から、ババロアンからだ。


『なんなのなんなのなんなのなんなの』

『ミフクさま……、ミフクさま……、』

『私は悪くない!誰も助けてくれなかった!』

『ミフクさま……、ミフクさま……、』

『お前は誰だああアアアア!!?』

『脅かすだけだったんだ!俺は嫌だって言って…!でもああなるって思わなかったんだよ!』


 誰もが絶句する中、もう言葉にはならない喚声かんせいをガーガーと鳴らした後、二人は逃げるように消えた。


『ミフクさま……、ミフクさま……、ミフクさま……、ミフクさま……、ミフクさま……、ミフクさま……、ミフク』


 最後に残った謎の人物も、部屋から除外される。


『………追放した……』

『ああ……はい………』

『おつです………』


 あのギリギリーが、手柄をアピールする余裕すら失っていた。

 横隔膜おうかくまくが吸い込めないほど重々しい空気が、彼らへの圧力を上げていく。


 クロネコは放心し、


 鶏アバターは落ち着きなく右往左往していた。

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