7.こっくりさんについて 上

『「ミフクさま」?』

『最近若い女性の間で流行っている……らしいです。知り合いいわく』

『どうなんですクロネコさん?』

『そうですね……?私の周りでは、特に………』


 あるユーザーが持ち込んだ議題。

 ここはいつの間にか、他では聞けないニッチな蘊蓄うんちくを聞く場として知られており、聞き手側がこうやって話題提供する光景が屡々しばしば見られる。


 真っ当な解説をして貰うのか、それともくまでスタート地点として使って、妙な方向に吹っ飛んで貰うのか、それは質問を投げる相手によって変わってくる。


 今回問いを受けたのはステンレスであり、ということはオカルトに精通せいつうしている知識量をてにしてのことだろう。


『私も以前にその名を聞いて、興味本きょうみほん方々ほうぼう駆け回って断片的だんぺんてきに情報を得た上での結論なのですが、これは、その名もとどろく“こっくりさん”の変種であると考えられます』


『こっくりさん!ビッグネームですなあ!』

『あったなー!そんなのも!』

『知識だけはありますけど、実行してるところは見た事ありませんね』


 形を変えて令和の世に生き延びていたと言うのか?

 演歌歌手がサブカルイベントで人工音声音楽を熱唱して人気を博しているかのような、古株ふるかぶの生命力に対する感動めいた熱が彼らを包む。

 

 もの的存在に「生命力」というのもおかしな感想なのだろうが。


『えぇ~?私そーゆー話ニガテぇ~!こわぁーい』

『怪談得意じゃなさげ?意外な弱点だなあ』


 ババロアンにわざとらしく身を寄せられ、トリプルゼータはいてったような声で頼りがいをアピールする。

 さりげなく(?)、「他の一面はよく知ってるんだけど」というニュアンスを混ぜることも忘れていない。


『集めた情報からするに、一定の手順に従って、集団で上位知性から“神託”を得る。と、こういう儀式です』

『あー、それっぽいな』

『おそらく!』

『自陣満々に断言から逃げたぞこの人!?』

『史上最も力に満ちあふれた“おそらく”が出ましたね』


『何しろ参加したこともありませんから。知っている方々かたがたの間では、余所者よそものに教えないよう隠す心理があるようですね』

『この一億総ネット回線時代にそんなこと可能なんだ……』


 「女の子達だけの間に出回る噂」。

 ゼロ年代前後の小説ならまだしも、SNSが少年少女の主戦場となりつつある現代で、そこまでの閉鎖性は奇妙とすら言える。


『こっくりさんと言えば一般的には、鳥居などの絵と「はい」、「いいえ」、それから50音が書かれた紙を用意し、その上に硬貨こうかを置いて全員の人差し指を乗せるやり方ですね』

『こっくりさん、こっくりさん、おいでください、ってやつね』


 質問すると、「こっくりさん」と呼ばれる何者かが、硬貨を動かして文字を示し、答えてくれる。

 「お帰りいただく」まで、指を離してはいけない。

 その辺りが共通した定型ていけいか。


『でも犬だか狐だかの畜生ちくしょう霊がどうしてそんなこと知ってんだ?せめて諜報員ちょうほういんの霊であれよ』

『まずこっくりさんが動物霊、という話が後付けです』

『マ?』

『うそーん!?』

『ふん、これだから物知らずは』


 黙って聞いていたギリギリーのたかの目がマウントチャンスを見逃さず、格好かっこうのタイミングで横からくちばしを突き刺してきた。


『漢字の“狐狗狸こっくり”は当て字だ。元は“ウィジャボード”を日本でも試すため、“テーブル”という物体をもので再現せんとしたすえに、不安定極まりない台が完成した。それがカックンカックン傾くものだから——』


『「こっくり」って擬音かよお!?』

『なんだこのガッカリ感…!』

『どっかのロボットアニメの敵機体の名前みたいですな』

緻密ちみつな伏線がノリと勢いの産物だったみたいな衝撃です……!』


少年しょうねんごころくすぐる儀式の名付けに“あるあるネタ”使うのやめろや!』

『学校の机の脚が一本だけ短くなってガッタンゴットン言ってるのも「こっくりさん」って呼べるのかよ!じゃあもう勉強が全部「こっくりさん」だよ!』


 ただの一発で多くの人間の夢や好奇心が破壊されたのを見て、何故か満足そうに体を揺らすギリギリーに、周囲は“舌打ちゲージ”をそこはかとなくチャージした。


『「ミフクさま」という名前は……、「こっくりさん」から派生したとも考えづらく……、“三福”?“美福”かな?まあきっと何でも良いんでしょう。こっくりさん的でありながら、従来のこっくりさんとは違う、それを示せれば充分なのだと思われます』


『えー?すごくないすごくなぁい?こっくりさんの進化形しんかけいだってぇー?』

『おいおい、こういうのは何か、科学的なカラクリがあんだって』

『は?ナニソレ、つまんなくない?』

『そっ、えっ、そうかも、うん、確かに、信じてみると面白いかもな…?』

 

 特に何の根拠もなく理性的な知識人を気取ったトリプルゼータであったが、ババロアンが冷めそうになったのをぎ取って一瞬でてのひらを返した。

 手首がじ切れるほど急速かつ見事な180°ターンであった。


『まあ注意ちゅうい喚起かんきねて、えて無粋ぶすいな事を言いますがね?』


 一方、本物モノホンの有識者は、相手の気分がどうだとか自分の好感度がこうだとかはお構いなしである。


『「こっくりさん」とはある種、なんですよ』


 「だからやらない方が良いです」、彼はそのメカニズムを解体していく。


『ってことはぁー、こっくりさんはホントにユーレーを呼べてるってことなんだぁ!』

『いいえ、全く反対です』

『は?』


 「効力がある」と言った口が、乾かぬうちから「霊をぶ」事を否定する。

 ババロアンのような短気でなくとも声を荒げたくもなる。


 けれど、

 この言い回しでは誤解を招くのも当然だけれど、

 ステンレスは霊の存在を否定していない。


『「こっくりさん」が霊を招いた方が、まだ救いがあります。あの儀式は、交霊こうれいなんです』


 今度は誰も声を発さなかった。

 端的に言って意味不明だったからだ。

 

『……え?なに?』

『「こっくりさん」で5円玉が動く理由は科学で説明可能な範疇はんちゅうです。アイトラッカーを使った実験では、硬貨が動く参加者の視線が行き先を見ていた、という事が判明しています』


『……アイトラッカーって?』

『アレじゃないですか?目がどこ見てるか分かるヤツ』

『ああ、配信者がエロいゲームやる時につけて太ももガン見して性癖せいへきがバレるアレか』


 「えっ、ってことは」、

 そこまで理解が追い着いたところで、ようやくステンレスが語った実験の意味を悟り、き立つギャラリー達。


『コインの動きが予測されてたってことか!?』

『もっと言えば、コインは彼らが「ここに動いて欲しい」と思った通りに動く、ということであり、つまり「コインを動かしているのは参加者自身である」、と結論づけることができてしまうのです』


 何とも興醒きょうざめな話に聞こえる。

 要は、無意識にイカサマを使っていただけの話。


 いいや、単純に自分で指を動かしているのを見て、「指が動いているよ」と「AイコールA」構文を使うだけなので、最早もはや「イカサマ」と呼べるほど上等ですらない。

 幼稚園児だって、もうちょっと気の利いた台詞セリフ回しをするだろう。


『私達は、ペダルを踏んで車を、レバーを引いてクレーンを、コントローラーでゲームを、キーボードでパソコンを操作します。車が加速したり、スクリーン上に文字が打ち込まれたりするのを、普通に「自分がやったこと」として認識しますよね?


 ところが、実はこれは「能力」であり、人によっては目の前の現象と自分との結び付きが弱い人も存在します。「主体性の自覚」、とでも言いましょうか。これが無い人間ほど、「こっくりさん」を霊現象だと信じ込みやすいのです』


 自分の指の下で硬貨が動いている。

 それを「自分が指を動かしているからだ」と自覚できない。

 

『「こっくりさん」はその場の人間が持ち寄った集合しゅうごうを、回りくどいワンクッションを挟んで提示するしきでしかありません。少なくとも、本当に霊がやって来ない限りは』

『しかしそれですと、霊がからまなければ無害な営みに思えますけれど……』


 クロネコが首を傾け、手の先をほおに当てて考える仕草しぐさを見せる。


『ええ、ここまでならそうです。ですが、ここに「社会的動物」としての人間の生態がプラスされると、一気に問題が噴出するんです』

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